聖夜



昨日の礼拝でも、瞬きの詩人・水野源三さんの詩から、聖歌隊が賛美をしました。

「聖夜」
夜空に輝くあの星よりも 
小さな小さなこの地球の
片隅にお生まれになられた 
御子イエスさま。
無数の星が輝き 
無限に広がるこの宇宙よりも
大きな大きな神さまの愛

この歌を口ずさむ度に、床の上で寝たきりの源三さんが、宇宙大の賛美を書いていることに感動します。今年のクリスマス、小さな小さなこの地球の片隅のベツレヘムの家畜小屋でお生まれになられた御子イエスさまを愛し、無限に広がるこの宇宙よりも、大きな大きな神の愛を賛美したいものです。

先週、ロゴス社から新刊の『若き日の大槻武二』が届きました。秋頃から、小出しにこの本を紹介してきましたが、ベテランの方はもちろん、大槻牧師を知らない若い方や新しい方にも、ぜひ読んでいただきたい一冊です。「はじめに」の所で、この本が出版されることになった経緯が紹介されていますが、神の導きを感じます。神を見たと言った一人の少女の存在が、東方の星となり、大槻牧師をキリストとの出会いに導きました。これが新年のメッセージにつながっていくわけですが、年末年始には、ぜひこの本を味わってください。

今週も大切なことを大切に。

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世の光

待降節第三礼拝(聖餐式)
礼拝メッセージ 「世の光(Light of the world)」
聖書 ヨハネによる福音書1の6−13ほか

1:6 神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。
1:7 彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。
1:8 彼は光ではなく、光について証しをするために来た。
1:9 その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。
1:10 言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。
1:11 言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。
1:12 しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。
1:13 この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。

ヨハネの黙示録
3:20 見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。

今週も礼拝の恵みに感謝。
来週はクリスマス礼拝です。

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体を備えてくださいました



ヨハネ福音書のクリスマス・メッセージです。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」
受肉の神秘を伝える「わたしたちの間に宿った」という言葉は、本来「天幕を張る」という意味です。昔、荒野を旅するイスラエルの民の中心に「臨在の幕屋」と呼ばれる特別な天幕がありました。その天幕が完成した日のことが、出エジプト記の最後に記されています。「雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた」と。ですから、ヨハネは、あの日、イスラエルの民の間に宿った神の栄光が、イエスの肉体という幕屋の中に宿り、私たちの間に住まわれたのだと言っているのです。なぜ?でしょうか。
聖書は66巻、1189章から成りますが、罪が出てこない章がどれくらいあるかご存知ですか? 罪を見いだすことのできない章は、創世記の1章と2章、そして黙示録の21章と22章、このたった4章だけです。聖なる書であるはずの聖書とは、実は人間の罪にまみれた、とことんまえ罪について描いた書なのです。それは、罪の問題の解決なくして、人は絶対に幸せになれないことを私たちに教えています。ですから、聖書は贖罪について、いささかもぶれることなく、「キリストは私たちのために生まれ、私たちの罪を背負われた」という事実を一貫して語り続けるのです。
愛である神は、人類の救いのために人となる必要があり、十字架の上で私たちのために死ぬ必要があったのです。ヘブライ人への手紙にこう書かれています。「キリストは世に来られたとき、次のように言われたのです。『あなたは、いけにえや献げ物を望まず、むしろ、わたしのために体を備えてくださいました。あなたは、焼き尽くす献げ物や罪を贖うためのいけにえを好まれませんでした。そこで、わたしは言いました。「ご覧ください。わたしは来ました。聖書の巻物に私について書いてあるとおり、神よ、御心を行うために。」』」
人類救済という神の願いを実現するために、キリストはこの世界に来られたのです。これがクリスマスの真実です。

次の日曜日は、待降節第3週の礼拝です。聖餐式が行われます。



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エバの道・マリアの道

今週も祈祷会を大切に。
御言葉をシェアします。ルカによる福音書1章から。

1:26 六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。
1:27 ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。
1:28 天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」
1:29 マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。
1:30 すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。
1:31 あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。
1:32 その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。
1:33 彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」
1:34 マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」
1:35 天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。
1:36 あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。
1:37 神にできないことは何一つない。」
1:38 マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。

今日は『リベカ抄』から、「二人の女性(エバの道・マリアの道)」からお勧めをいただきました。

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?と!



短い言葉でメッセージを届けるというのは、とても難しいことです。
「世界で一番短い手紙」という有名な話をご存知でしょうか。
1862年、ヴィクトル・ユーゴーと出版社の間で交わされた一通の手紙のことです。
『レ・ミゼラブル(ああ無情)』の売れ行きが気になったユーゴーは旅先から出版社に手紙を送ります。
たった一文字「?」
売れ行きはどうですか「?」世間の反応は「?」読者の感想は「?」・・・
いろんな意味が込められていたのでしょう。
それを見た出版社はたった一文字で返事をしました。「!」
非常に売れています「!」大反響ですよ「!」みんな感動しています「!」・・・

私たちの人生にも小さな「?」から大きな「?」まで、たくさんの「?」があるのではないでしょうか。言葉にならない「?」や、答えを見いだし得ない「?」もあります。私はどこから来て、どこへ行こうとしているのか?、人生の苦しみに対する回答はあるのか?、罪の赦しは?、「?」だらけです。それらの「?」に対する神様からの返事も、実はいつも「!」なのです。聖書の中には、すべての「?」に対する驚くべき回答があります。
待降節、クリスマスの疑問に対して、聖書が伝える「!」の真実はこうです。ヨハネ福音書1章14節、「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」御言葉を味わいましょう。

今週も大切なことを大切に。

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東方の星

待降節第二礼拝
礼拝メッセージ 「東方の星・後編」
聖書 ヨハネによる福音書1の14−18ほか

1:14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。
1:15 ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」
1:16 わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。
1:17 律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。
1:18 いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。

今週も礼拝の恵みに感謝。

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皆さま、早く信じましょう。



今月出版される『若き日の大槻武二』に、重利登志子先生の証しが掲載されています。東方の博士たちは不思議な星に導かれて、救い主と出会いましたが、聖イエス会の創立者である大槻武二牧師も、今から80年前、一つの星に導かれて、キリストに出会いました。その星とは、「神を見た」と言った重利清子という一人の少女でした。重利清子ちゃんは、昭和12年12月12日、10歳と8ヶ月の生涯をかけぬけ、天国に上っていきました。本に載せられている証しは、清子ちゃんが召されて1週間後に持たれた記念の夕べで、お母さまの登志子先生が語られたものです。重利先生は、長い間、岡山県赤磐市にある聖イエス会清心教会で奉仕されましたが、清子ちゃんの物語を語り継げる語り部として、その生涯を全うされました。先生の証しの最後にこう記されています。「清子の死を同情して下さる方々は、『仕方がありませんがあきらめなさい』と申して下さいますが、わたしの心には、主の安らぎと賛美がこみ上げてくるこの感激。今こそ声を大きくして叫びます!『皆さま、早く信じましょう。かかる大いなるみ救い、大いなる喜び、大いなる平安を与えたもう主イエス・キリストを!』」
神を見た少女、重利清子ちゃんこそ、聖イエス会をキリストとの出会いに導いた一番星です。80年が経った今年のクリスマス、私たちはもう一度、この星に導かれて、キリストのもとに行きます。「心の清い人々は、幸いである。その人たちは神を見る。」「独り子の神、この方が神を示されたのである。」

慌ただしい師走ですが、クリスマスのシーズン、日曜の朝はぜひ教会にお出かけください。

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きよいこころ

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
マタイによる福音書5章から。

5:8 心の清い人々は、幸いである。その人たちは神を見る。

礼拝でも清子ちゃん召天80年を記念して、重利登志子先生の証しを紹介しましたが、
祈祷会では先生が生前に語られた証しをdvdで一部ご覧いただきました。
この星に導かれて、この待降節、もう一度、キリストのうちに神と出会えますように。

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独り子である神



今年も礼拝では、毎週ヨハネ福音書を学んできましたが、12月はクリスマスの特別編で、1章に戻ります。ほんとうは14章から、最後の晩餐の後、キリストが弟子たちに語られた最後の説教を学んでいるところでした。そこは「御心の至聖所」と呼ばれ、神の子であるキリストの胸の内が明かされる、キリスト教の奥座敷というべき箇所で、いよいよ、これから聖霊の派遣、三位一体の神秘が語られるところでした。この難しい箇所をいかに語るべきか、来年に向けて祈り備えています。それでも、少し触りだけ話します。それがクリスマスの真実を理解する助けになるからです。
14章16節以下、「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わし、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。」すでに「わたしを見た者は、父を見たのだ。」「わたしと父とは一つである」と語られたキリストが、この世を去って行く前に、別の弁護者(助け主)、真理の霊、すなわち聖霊を遣わすと語られました。ここで使われている「別の」という言葉はギリシャ語で「アロス」ですが、別は別でも、全く同質のものという意味です。それは、父なる神と独り子なる神(キリスト)との間に見られる関係と同じです。フィリピの信徒への手紙2章6節に、「〔キリストは〕、神と本質的に一つ〔神が神であられるための属性をすべて保有しておられる〕<神のかたち>であられます」と書かれているのと同じです。
父なる神、独り子なる神、そして聖霊なる神、別は別でも、全く同質のもの、これを父と子と聖霊、「三位一体」と言うのです。そして、クリスマスとは、独り子なる神が、この地上に人の姿となり、お生まれになった日なのです。
そこで、ヨハネ福音書の1章に戻って、ヨハネが伝えるクリスマスの神秘について改めて学びたいと思います。ヨハネ福音書には、私たちのよく知っているクリスマスの物語がありません。聖書の預言もベツレヘムのことも、マリアもヨセフも、羊飼いも博士も天使も登場しません。しかし、ヨハネは独り子の神(ヨハネはこの方を「言(ロゴス)」と呼びます)が人となられた、その神秘を何のためらいもなく、真っ直ぐに伝えます。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」と。つまりこう言うことです。人間の目に見えない神が見えるものとなり、人間の言葉で人間に語るために、神は人となられた。また、触れたり掴んだりすることのできなかった神が、人間がこの手で触れることのできるものとなるために、人の姿となられた。そして、不死のものである神が、私たちの罪の贖いの供え物として、十字架にかかって死に、信じる者に永遠の命を与えるために、人となられたと言うことです。
クリスマス、独り子である神が人となられたのは、父なる神を誰の目にも見えるようにするためでした。この方が神を示されたのです。ですから、だれでも、この方を通るなら、神と出会うことができるのです。

今週も大切なことを大切に。

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東方の星

待降節第一礼拝
礼拝メッセージ 「東方の星・前編」
聖書 ヨハネによる福音書1の14−18ほか

1:14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。
1:15 ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」
1:16 わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。
1:17 律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。
1:18 いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。

今週も礼拝の恵みに感謝。

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