鐘と撞木の相が鳴る



禅問答か江戸の小咄か。
こんなやりとりがある。

「鐘が鳴るのか、撞木が鳴るか。」

答えは

「 鐘と撞木の相が鳴る。」

撞木とは、鐘を鳴らすバチのこと、
鐘も撞木も、それだけでは音を鳴らせない。
でも二つのものが出会う瞬間、音が生まれる。
「相が鳴る」は「愛が成る」に引っ掛けた言葉遊びだろうか。
愛がなければ、鐘も撞木も、何の役にも立たない。
愛は二つのものを生かす出会い。

聖会のメッセージを聞きながら、
神の御業は起こるべくして起こると教えられた。
神と私たちの思いが一つとなる瞬間を待ち望もう。
徹底的に準備しよう。深い飢え渇きをもって。
相が鳴るまで。愛が成るまで。
これが原点、常に帰るべき所。

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聖霊来てください

今週も祈祷会を大切に。
今日は京都での聖会のメッセージを学ばせていただきました。
御言葉をシェアします。使徒言行録の10章、申命記4章から。

10:33 それで、早速あなたのところに人を送ったのです。よくおいでくださいました。今わたしたちは皆、主があなたにお命じになったことを残らず聞こうとして、神の前にいるのです。
10:43 また預言者も皆、イエスについて、この方を信じる者はだれでもその名によって罪の赦しが受けられる、と証ししています。」
10:44 ペトロがこれらのことをなおも話し続けていると、御言葉を聞いている一同の上に聖霊が降った。

4:29 しかしあなたたちは、その所からあなたの神、主を尋ね求めねばならない。心を尽くし、魂を尽くして求めるならば、あなたは神に出会うであろう。

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明日は9月19日



彼女は、献身の第一歩を踏み出したあの夜、心の中で言った。
「たとえ私の生涯が惨めに終わっても悔いはありません。私は神のことばに従ったのですから。」
そして、その生涯の終わりに彼女は語った。
「すばらしい人生でした。悔いはありません。イエス様、ありがとうございました。」
それによって、彼女は「イエスと一緒にいた者」であることをみごとに証しした。
私たちもそのような生涯を全うさせていただければと願う。

恵まれた京都での聖会を終え、明日は9月19日、大槻筆子先生の記念日です。
今週も大切なことを大切に。

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わたしに従いなさい

礼拝メッセージ 「わたしに従いなさい」
聖書 ヨハネによる福音書15章16節、21章15-19節

15:16 あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。

21:15 「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか。」
21:17 「わたしの羊を飼いなさい。」
21:19 「わたしに従いなさい。」

本日は京都での秋期聖会のため、信徒のみの礼拝をささげました。
今週も礼拝の恵みに感謝。

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互いに愛し合うならば



「子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたはわたしを捜すだろう。『わたしが行く所にあなたたちは来ることができない』とユダヤ人たちに言ったように、今、あなたがたにも同じことを言っておく。」
「子たちよ。」ギリシャ語の「テクニア」という言葉は、小さな子どもという意味ですが、愛情のこもった親しい呼びかけです。ヨハネの手紙には何度も使われている言葉ですが、福音書ではここにしか使われていません。年老いた使徒ヨハネは、自分の所に集まって来る弟子たちに「子たちよ」と語りかけましたが、それは、この夜イエスから聞いたこの言葉のコピーだったのかも知れません。
「いましばらく、私はあなたと共にいる」という言葉は、このあと14章以降では、「しばらくすると私を見なくなる」という言葉に置き換えられていきます。つまりこれから語られることは、イエスがいなくなった後のことなのです。それは、イエスの十字架と復活、そして昇天、さらには聖霊の派遣という、まったく新しい局面についての教えでした。十字架と復活を通して、イエスが天に上げられた後、この地上に存在する教会のあり方が「新しい掟」として語られています。ここにキリストの体である教会のあるべき姿を見せられます。イエスが愛したように、互いに愛し合うのです。
大槻先生の言葉です。「真実の教会はキリストの神秘体であり、キリストのいのち、本性、愛に浸透された、愛の神秘体である。聖イエス会はこの理想に生きる共同体であらねばならない。」
イエスの言葉が響きます。「互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」
愛なる聖霊来てください。「聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれている。」

今日から京都の聖会です。

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この時

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
使徒言行録1章から。

1:4 そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。
1:5 ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」
1:6 さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。
1:7 イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。
1:8 あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」

口語訳では、「主よ、イスラエルのために国を復興なさるのは、この時なのですか」との問いに、イエスは「ただ、聖霊があなたがたにくだる時」と答えられます。明日から京都での秋期聖会、「この時」を待ち望みます。

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人生、それは出会いの場



昨日は聖イエス会を創立した大槻先生の記念日でした。大槻先生は「人生、それは出会いの場」というメッセージの中に、第2代国連事務総長ダグ・ハマーショルドと宗教学者マルチン・ブーバーとの出会いのことを記しています。ハマーショルドは1956年のスエズ動乱に国連軍を派遣して平和維持機構をつくり、1957年にはコンゴ独立後の紛争解決に尽力し、ノーベル平和賞を受賞していますが、彼は敬虔なクリスチャンで、亡くなる2ヶ月前の日記にこう記しています。感動的な祈りです。
「神よ、私たちを憐れみたまえ。私たちの努力を憐れみたまえ。私たちが愛と信仰とに満ち、正義を尊び、へりくだって御前に出で、おのれを捨てて忠実を守り、勇気をもって、あなたの御足の後について行けますように。そして、私たちが静けさのうちに、あなたに出会えますように。あなたの御姿が見えるように、きよい心を与えたまえ。御言葉が聞けるように、慎ましい心を与えたまえ。あなたにお仕えできるように、愛する心を与えたまえ。あなたのうちに生きられるように、信じる力を与えたまえ。アーメン。」
彼が亡くなる前夜、宿泊したホテルのベッドの脇には、トマス・ア・ケンピスの著書「キリストに倣う(イミタチオ・クリスティ)」が残されていたそうです。この書は中世ヨーロッパで愛された信仰訓練のための黙想書で、今も世界中のクリスチャンが愛読しています。ハマーショルドは、マルチン・ブーバーとの出会いを通して、また中世の霊的書物との出会いを通して、その信仰を深めていったのでしょう。

今週も大切なことを大切に。

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愛に生きる共同体

礼拝メッセージ 「愛に生きる共同体」
聖書 ヨハネによる福音書13の33ー35
ヨハネによる福音書シリーズ(103)

13:33 「子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたはわたしを捜すだろう。『わたしが行く所にあなたたちは来ることができない』とユダヤ人たちに言ったように、今、あなたがたにも同じことを言っておく。
13:34 あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
13:35 互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」

一週早いですが、敬老祝福のお祝いしました。
今週も礼拝の恵みに感謝。

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新しい掟



イエス・キリストが十字架にかけられる前夜、最後の晩餐の席でのことです。イエスは自分に残されている時間が少ないことを強く意識しながら、その時間を大切に使われます。まず弟子たちの足を洗い、身をもって愛と謙遜の模範をお示しになりました。そして、ユダが出て行くと、「人の子は栄光を受けた」と前置きされ、弟子たちに「新しい掟」を語られました。
「新しい掟」とは何でしょう。聖書に出て来る「掟」とは、旧約聖書の律法のことですが、イエスは自らが「天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない」と言われた旧約の律法に、まるで新しい1ページを書き加えるかのような発言をされたことになります。ある時、律法の専門家がイエスのもとに来て尋ねました。「律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」するとイエスは、「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は(つまり旧約聖書は)この二つの掟に基づいている」とお答えになりました。
神を愛し、神に愛されている自分を愛し、その愛で他者を愛する。三つの愛です。この三つの愛を集約して、イエスは「新しい掟」を語られたのです。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と。
二つの新しさがあります。一つは「わたしがあなたがたを愛したように」という愛の標準です。もう一つは、「互いに」という言葉です。「隣人」という場合、隣人は私から見て隣の人。つまり私が出発点なのですが、「互いに」という場合は、出発点が私だけではありません。私たちが出発点です。「Identity(自己、自我)」という言葉はよく使われますが、こんな言葉を聞きました。「WEdentity」、これは造語ですが、私と他者という考えを超えて、私たちと考えて生きるということです。
十字架の死を目前にして、イエスが直々に命じられた新しい掟。イエスが愛したように、私たちが互いに愛し合うこと、ここに聖書全体がかかっているというのです。キリスト教は愛の宗教です。言うは易く行うは難し、自らの愛の乏しさに泣きたくなることもありますが、そんな時、あのメッセージを思い出しましょう。「自分には愛がないと思う人は、愛が一番たくさんある所に行き、そこにとどまりましょう。愛が一番たくさんある所、それは十字架です。」さあ、十字架に帰り、イエスが愛されたように、私たちも互いに愛し合いましょう。

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それだけで十分でした

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
エレミヤ書の29章から。

29:13 わたしを尋ね求めるならば見いだし、心を尽くしてわたしを求めるなら、
29:14 わたしに出会うであろう、と主は言われる。

今月は今月末に名古屋で持たれるG先生の歓迎集会のために、備えの集会になります。

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