恵みと慈しみ



詩編の23編から。

主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
・・・・・・
命のある限り
恵みと慈しみはいつもわたしを追う。
主の家にわたしは帰り
生涯、そこにとどまるであろう。


今日は午前中、教会で納骨式が行われました。
昨年の7月に天に召された若いお母さんの納骨式です。
あれからもうすぐ一年になります。
この日に合わせて、教会では記念誌を作らせていただきました。
記念誌の題は「恵みと慈しみ」。

ダビデのように、主の恵みと慈しみに追いかけられるような生涯を
私たちも歩むことができますように。

明日は6月最後の礼拝。2014年の上半期の恵みを感謝しつつ。

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わたしの受けたものはすばらしい



詩編の16編6節。


測り縄は麗しい地を示し、わたしは輝かしい嗣業を受けました。(新共同訳)

測り綱は、私の好むところに落ちた。まことに、私への素晴らしいゆずりの地だ。(新改訳)

はかり綱は、わたしのためによいところに落とされた。わたしの受けたものはすばらしい。(典礼訳)


測り縄とは、土地の測量に使われた道具で、それを落とす(示す)とは、
土地の境界線を決定されたという意味です。
ダビデは、この比喩によって、いま置かれている場所や立場が、
神によって与えられた最良の場所であると告白するのです。
詩篇16編が歌われた背景は、ほんとうは喜ばしい状況ではなかったと考えられていますが、
ダビデは信仰によって、「わたしの受けたものはすばらしい」と宣言し、
置かれた場所で花を咲かせたのです。

昨日は、静岡は御殿場に近い小山教会で礼拝と宣教セミナーのご奉仕をさせていただきました。
お祈りくださったみなさんに感謝します。
今日紹介している詩編の言葉は、昨日のセミナーで開いた御言葉のひとつです。
私たちも、「はかり綱は、わたしのためによいところに落とされた。
わたしの受けたものはすばらしい」と告白しながら、毎日を歩んで行きましょう。

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告白



今日は愛の人、聖バレンタインを記念する日。
愛する人に自分の気持ちを告白するのも良いですが、
命を捨てるほどに私たちを愛してくださった主に
私たちの愛を告白したいです。
「わが力なる主よ、わたしはあなたを愛します。」詩編18の1口語
もっともっと・・・。

通勤通学の時間に降った雪も、雨に変わってきました。

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聖なる山に住む



旭川の聖会のためにお祈りをありがとうございました。
聖イエス会最北にある教会の祭壇に詩編15編が掲げられていました。

1 主よ、どのような人が、あなたの幕屋に宿り
聖なる山に住むことができるのでしょうか。
2 それは、完全な道を歩き、正しいことを行う人。
心には真実の言葉があり
3 舌には中傷をもたない人。
友に災いをもたらさず、親しい人を嘲らない人。
4 主の目にかなわないものは退け
主を畏れる人を尊び
悪事をしないとの誓いを守る人。
5 金を貸しても利息を取らず
賄賂を受けて無実の人を陥れたりしない人。
これらのことを守る人は
とこしえに揺らぐことがないでしょう。

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命に溢れ、いきいきと



今日は敬老の日です。教会では70歳を越えられた方々のために祝福を祈り、記念品を贈らせていただいていますが、今朝の新聞によると人口の23%が65歳以上ということなので、70歳はまだ若いと言われそうです。今年はイベントが続くこともあって、9月の最初の日曜日に、夏の終わりのコンサートと合わせて、敬老の祝賀会をもたせていただきましたが、記念写真を撮るのを忘れていましたので、改めて集まっていただきたいと思います。いつまでも健やかで、礼拝に通い、主の恵みを証し続けてください。みことばを贈ります。

神に従う人はなつめやしのように茂り
レバノンの杉のようにそびえます。
主の家に植えられ
わたしたちの神の庭に茂ります。
白髪になってもなお実を結び
命に溢れ、いきいきとし
述べ伝えるでしょう
わたしの岩と頼む主は正しい方
御もとには不正がない、と。
--- 詩編92の13〜16


They'll grow tall in the presence of God, lithe and green, virile still in old age."
--- Psalm 92 (The Message)

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約束



今日は松阪での聖書講座があり、朝から満員の地下鉄に、近鉄特急に揺られて出掛けていました。
車中で、礼拝の備えをしていましたが、詩編の御言葉に感動し、車窓から青空を見上げて涙しました。

89:34 それでもなお、わたしは慈しみを彼から取り去らず/わたしの真実をむなしくすることはない。
89:35 契約を破ることをせず/わたしの唇から出た言葉を変えることはない。
89:36 聖なるわたし自身にかけて/わたしはひとつのことを誓った/ダビデを裏切ることは決してない、と。
89:37 彼の子孫はとこしえに続き/彼の王座はわたしの前に太陽のように
89:38 雲の彼方の確かな証しである月のように/とこしえに立つであろう。

リビングバイブルは36節を「神は決して嘘はつけないのだ」と訳しています。
私たちはすぐに約束を変えてしまいます。でも神様の約束に変更はありません。
「主のみ約束に変わりはなし」です。
実際、ダビデには不誠実な部分がありました。にもかかわらず神は彼を見捨てず、約束に誠実であり続けました。
神なるゆえにです。みことばにとどまる。それは、その神の真実と約束の中にとどまることなのです。

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ただ一つ

春のミニ合宿2010 ゲーム大会
あなたの人生があと1時間で終わるなら、あなたは何を求めますか?
あなたにあと一つのことしかできないとすれば、あなたは何をしますか?

私が神様にお願いすることは、ただ一つです。 その求めてやまないものとは、主の宮で黙想にふけり、いのちある限り主の前で暮らし、主の比類なき完全と栄光とを喜ぶ特権です。---詩編27の5LB

今日は午前中、教会の二階で婦人会の集まりがありました。月に一度、聖書の学びと交流の時をもっています。今はダビデの生涯から学んでいますが、今日は詩編27編を中心に「ひとつのこと」というテーマでダビデのシンプルな心についてお話ししました。明日は名東区で家庭集会がもたれますが、教会ではウィークデーを利用して、このような小さな集まりを行っています。礼拝はむずかしそうと思われる方は、ぜひこのようなスモール・グループにご参加ください。詳しくは教会の方までお問い合わせください。連絡をお待ちしております。
今日の写真は春のミニ合宿でのゲーム大会です。集中力が決め手でした。

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話そう

Samaritan Woman
私が神様にお願いすることは、ただ一つです。
その求めてやまないものとは、主の宮で黙想にふけり、
いのちある限り主の前で暮らし、
主の比類なき完全と栄光とを喜ぶ特権です。

悩みの日に、私はそこへ出かけます。
主はかくまってくださり、高い岩の上に座らせて、
敵が手出しできないようにしてくださいます。
その時、私は主に供え物をささげ、
大喜びで賛美の歌をうたいます。
私の訴えに耳を傾けてください。
主よ。 あわれんで、お助けください。

「ここへ来て、わたしと話そう。」
このお声を、私の心は聞きました。
そして、こう答えます。 「主よ、参ります。」
---詩編27の4〜8リビングバイブル

リビングバイブルは、聖書のバックグラウンドを持たない一般の人々が、聖書の基礎的な真理を理解しやすいように意訳されたユニークな聖書です。ビギナーや若い人にはお勧めです。大胆な表現にハッとさせられるので、私も時折開くようにしています。今日の箇所も、「わたしの顔を尋ね求めよ」を「ここへ来て、わたしと話そう」と訳しました。顔を合わせて何をするのでしょう。ただ見つ合う、それも悪くありませんが、声を聞きたいと思いませんか。そう話を始めましょう。

My heart has heard you say, “Come and talk with me.”
And my heart responds, “Lord, I am coming.”

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続ヘブライ語

注目!正面右の壁
祝福あれ、主の御名によって来る人に。---詩編118の26

礼拝堂正面の壁、右手にもヘブライ語で聖書の言葉が掲げられている。それが詩編118編26節だ。来年で献堂40周年を迎える現在の礼拝堂だが、献堂当時からこの二つの御言葉が掲げられている。この教会が、この礼拝堂が、そういう場所であるという証だ。
古来、諸聖徒たちに愛唱されてきた詩編118編は、詩編最短の詩117編と、詩編最長の詩119編にはさまれ、各所に金のような信仰告白と、銀のような人生訓が散りばめられた詩だ。この詩を愛したルターの言葉が伝えられている。
これはわが詩編なり。わが特愛の詩編なり。もとより、われは全詩編を愛するもの。全聖書はすべてわが慰め、わが生命なり。されど、本編は、わが心にいと近くして、なかんずくわがものと呼ぶ。皇帝も、王も、賢者も、詩人も、みなわが助けとならざる時、われを多大なる苦難より救い出してくれしはこの詩編なり。
私もこの詩を自分のものとし、「主よ、我らを救いたまえ(ホサナ!)・・・。主の名によって来る者に祝福あれ」と歌い続けるものでありたい。恵み深い主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。 ぜひ詩編118編を味わってください。

昨日、交通事故で入院中のユースのメンバーの所へお見舞いに行ってきました。頭を強く打ったと聞いていたので心配していましたが、目立った外傷もなく、普通に話もでき、安心しました。「神様が守ってくれたね」と話し、一日も早い回復を祈りました。彼女の目に涙が光っていました。

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いただいた祝福

感謝礼拝
私は心から神様をたたえます。
今までにいただいた祝福を、決して忘れません。
神様は私の罪をみな赦し、病気を治してくださいます。
地獄行きの身を身受けし、恵みとやさしい思いやりで包んでくださいます。
私の一生は祝福でおおわれ、鷲のように若返ります。
神様は、不当に扱われている者を公平にさばかれます。
神様はご自分の本性と、これからなそうとすることを、
モーセおよびイスラエル国民に知らされました。
神様は、虫けら同然の者をあわれみ、やさしくいたわってくださいます。
また、短気を起こさず、恵みと愛に満ち、
いつまでも根に持ったりはなさいません。
罪の深さに比例して罰を下されるわけでもありません。
神様を恐れ、あがめる人には、無尽蔵のあわれみをかけてくださいます。
神様は私たちの罪を取り除き、はるか地平線のかなたに投げ捨ててくださいました。
神様は、恐れかしこむ者に対しては、
父親のようにやさしい思いやりを示してくださいます。
というのも、私たちが土くれにすぎず、
また草花のようにはかなく、
風に吹き飛ばされて消える存在であることを、知っておられるからです。
しかし、神様は、ご自分を信じる人をいついつまでも恵み、
神様との契約を忠実に守り従う人を、子々孫々に至るまでお救いになります。
神様は天に御座をすえ、すべてのものを支配なさいます。
神様の命令を一つとして聞きもらさず、
すぐ実行に移す御使いたちよ、神様をほめたたえなさい。
四六時中、神様に仕える天使の軍団よ、ほめたたえなさい。
万物が声を合わせて、賛美しますように。 私も力いっぱいにほめ歌います。

詩編の103編をリビングバイブルで紹介します。声を出して味わいましょう。
昨日と今日の写真の二人は小学校時代からの旧知の親友。それぞれ職場での主の恵みを嬉々として証してくださいました。

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