聖霊降臨の広間に



預言者は言います。「春の雨の季節には、主に雨を求めよ」(ゼカリヤ10:1)と。
イスラエルには秋と春と二度の雨期があります。それは雨のシーズンなので、待っていれば雨が降るのですが、預言者は指をくわえて待っていることができませんでした。ひと時もそれを先送りすることなく、今それを求めよと言います。ここで言う雨とは自然界の雨のことではありません。霊的な祝福をもたらす聖霊の大雨です。
二千年前のペンテコステ、主の約束を信じて祈り待ち望んだ弟子たちの上に、先の雨が注がれました。そして今再び雨のシーズンが到来しているのです。「果報は寝て待て」と言っているのは誰でしょう。このタイミングを逃すことがありませんように。この雨のシーズンにこそ、主に恵みの大雨を求めましょう。ほら、もう大雨の音が聞こえます。
ある本にこう書かれていました。「私たちはみな聖霊降臨の広間に戻らなければならない。そこで、へりくだりと信頼の心をもって聖霊の降臨を祈らなければならない。地表を一新しようとする新しい福音宣教者たちの上に、聖霊が再び力強く下ることを祈らなければならない。聖霊降臨は過去の出来事ではなく、教会の歴史のあらゆる時代に、教会の命のうちに続くのです」と。
今日という日が私たちにとって新しいペンテコステとなりますように。

次の日曜日は、徳島から二宮貴司牧師(パウロ教会)をお迎えし、教区合同のペンテコステ聖会です。

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教会になる



ビリー・グラハムがまだ若かった頃、アメリカの南部モンゴメリーで持たれたクルセードの講師として招かれた。モンゴメリーはキング牧師で有名な町だが、人種差別の激しい地域であった。ビリー・グラハムは、このクルセードで、白人と黒人の席を分けることを拒否し、白人と黒人の合同聖歌隊を作ることを要望した。南部のメディアは、一斉に彼を批判し、新聞は「田舎者ビリー・グラハムは教会を100年前に戻すためにやって来た」と、でかでかと一面に載せた。しかし、クルセードの当日、ビリー・グラハムは大会衆とメディアを前にして一寸もひるむことなくこう語ったのだった。「私が教会を100年前に戻そうとしているなら、私の働きは失敗だ。私は100年前ではなく、2000年前に戻そうとしているのだから」と。ビリー・グラハムが説教の中でくり返した語ったワンフレーズがある。「But the Bible says(しかし、聖書は言っている)」だ。
ある人が言った。「教会に行く人は多いが、教会になる人は少ない。」教会とはキリストの体である。確かに、教会に通う人は多いかも知れないが、キリストの体なる教会になる人は少ないのではないか。昨日はペンテコステ(聖霊降臨記念日)、初代教会誕生の記念日だった。聖霊に満たされた初代教会のメンバーの活躍が使徒言行録に記録されている。2000年前の教会である。さあ、聖書に帰ろう。私は教会になりたい。「キリスト者はキリストのごとく、教会は使徒行伝のごとく。」

今週も大切なことを大切に。

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真理を行う者は光の方に来る



イエスが「わたしの国」とくり返し語ったので、ピラトは尋ねました。「それでは、やはりあなたは王なのか。」イエスはお答えになりました。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く」と。そこでピラトが漏らした言葉が、「真理とは何か」でした。たとえ、それがほんの一瞬であったとしても、ピラトの心によぎった重大な問いかけでした。本当はこの時、彼も「真理とは何か」という問いの前に立ち止まり、もっと真剣に向き合わなければならなかったのです。
イエスは仰せになりました。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」と。ピラトは、目の前に真理が立っているのを見ていながら、真理を見出せなかったのです。
三浦綾子が読者からの14の人生相談に答えた「小さな郵便車」という本があります。最後の相談は、30歳でご主人に急逝されて以来、飲食店を営まれ、成功し、三人の娘さんも幸せな結婚をなさったという、いわば幸せを絵に描いたような日々を送っている方からの相談です。
自分の人生に何の意味もないという虚しさ、不安感を持ち、信仰を持たぬ限りこの不安は消えぬように思うという相談に対し、三浦綾子さんは、聖書を読み、神を求めて祈るようにこう勧めます。「神を求めるには、第一に決意しなければならないことがあります。自分自身の好みとか、考えとか、世間体とか、そうしたものに固執しないことです。つまり、私を捨てるということです。」そして、こんなことも書いています。「光に背を向けている人には自分の影しか見えません。」「光に背を向けて歩む時、私たちは私たち自身の暗い影しか見ることはできません。しかし、百八十度の回転をして、くるりと方向を変え、光に向かって歩き出す時、もはや私たちは自分の暗い影におびえることなく、光のみを見る」のです。イエスは言われます。「真理を行う者は光の方に来る。」「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」

教会暦では次の日曜日が聖霊降臨記念日です。真理の御霊である聖霊を待ち望みましょう。

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罪がわかった時に、神が見えてくる



作家の三浦綾子、ご主人の光世さん、ご夫妻による「綾子・光世 響き合う言葉」という本があります。綾子さんの作品の中から、心に響くフレーズが右のページに、それを受けて左のページに光世さんの言葉が書かれている、響き合う言葉です。この本からひとつ紹介します。
(綾子さん)本当に自分が悪かったと思う時、人間は思いもかけぬ大きな平安が与えられるのだ。罪がわかった時、神が見えてくるのだ。驚くべき新しい世界がわかってくるのだ。
(光世さん)妻綾子が、13年の闘病中に示された確信。「罪がわかった時に、神が見えてくる。」
このあと、綾子は喜びの一生を生きた。
今月のオープン礼拝のテーマは「真理とは何か」でしたが、「罪がわかった時に、神が見えてくるのだ」というこの短い言葉の中に、聖書が教える「真理」がみごとに表現されていると思いました。聖書のことを英語では「バイブル」と言いますが、「ザ・ブック」と言えば、これも聖書のことです。本の中の本、この一冊の本と言えば聖書のことです。ところで、本という漢字には秘密があるのをご存じですか。上下を逆さにすると、本が開いて、そこに十字架が現れます。聖書は分厚い本ですが、この十字架がわかると、聖書の教えはとてもシンプルです。
カール・バルトと言う20世紀を代表する神学者がハーバード大学で講演をした時のことです。一人の学生が尋ねました。「先生の書物はどれも深遠で、私にはよくわかりません。先生は、聖書から何を学ばれ、何を伝えたかったのでしょうか。わかりやすくひと言で教えてください。」すると彼は楽しげに鼻歌をまじえてこう答えたというのです。「Jesus loves me! The bible tells me so.(イエスは私を愛している。聖書は私にそう伝えています。)」これこそ、聖書が私たちに伝えている真理、十字架の言葉です。

今週も大切なことを大切に。

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子供は大人の父



イエスは子供たちを集めて言われました。「子供たちを私のところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」と。
イギリスの詩人ワーズワースの「虹」という素敵な詩があります。「空に虹を見るとき、私の心は躍る。私の生涯がはじまった時に、そうであった。大人になった今もそうだ。老いてもそうであってほしい。でなければ死んでしまいたい。子供は大人の父だ。だから、わたしの生活の一日一日が自然への愛で結ばれてほしいものだ。」
有名な「子供は大人の父」というフレーズはここで使われます。子供の頃に抱いた自然への畏敬の念を忘れないようにしたいものです。幼子のようになるとは、幼子のような驚きの心を失わないということです。
今回、徳島の聖会に同行してくださった名古屋教会のメンバーがいます。徳島出身の方で、その方のお母さまがパウロ教会の礎となりました。古い『ぶどう樹』に「無限の大愛」という題でその方の救いの証しが載っています(96号)。キリストを心に迎えた驚きが単純に記されている感動の証しです。
昭和34年2月、「我戸の外に立ちてたたく。我が声を聞いて戸を開かば我その内に入らん」との御言が強く胸を打ちました。「主よ、我が心の扉を開きます。わが内にお入りください」と祈り求めて御名を呼びました。このとき主御自身はひそかに我が内に入って下さったのでありました。次の集会に出ました時、たまらなく御名が慕わしく、また御名を唱えました時、何とも云えない命の躍動を内に感じたのであります。しかしこれが内住経験であるかまだ、鮮明には自覚できませんでした。「主よ、来るべき者は汝なるか他に待つべきか」と祈りました時、主はわが内より『我は主なり』とお答えくださいました。永遠の生命を御名により体験する。御名こそキリスト御自身、神御自身でありました。わが心は喜びにあふれトマスのごとく、「わが主よわが神よ」と心から内に宿り給うた生けるキリストを拝したのでありました。

明日から6月です。

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わたしの国



イエスとピラトの対話です。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」ここでイエスが三度もくり返し語られた「わたしの国」という言葉について考えてみましょう。イエスが、この世には属さないと言われた「わたしの国」こそ、神と人が、そして神を中心に、人と人が美しい調和を実現した神の国です。ここで使われている「国(バシレイア)」という言葉を、ヨハネは第3章でも使っています。あのニコデモとの対話です。
ユダヤ人の指導者の一人であるニコデモが夜、密かにイエスのもとを尋ねます。彼は最高の敬意を払って、「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしは、だれも行うことができません」と挨拶しましたが、イエスは単刀直入、彼の問題の核心を突き、「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」と語られました。
この新たに生まれなければ入ることのできない神の国を実現するために、イエスは十字架に上げられなければならなかったのです。イエスが宣教の始めに語られた言葉を覚えているでしょうか。救い主としての働きを開始されたイエスは、開口一番、こう宣言されました。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」
「主の祈り」もそうです。「父よ、御名があがめられますように」と祈った後、最初の祈りは、「御国が来ますように」です。「御国に入れますように」ではありません。御国が来ますように、どこに。ここに。「ここも神の御国なれば」です。イエスは言われました。「神の国は、見られるかたちで来るものではない。『見よ、ここにある』『あそこにある』などとも言えない。神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」と。

今週も大切なことを大切に。

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説教という愚かな手段



今日は教区の若い先生方との祈り会がもたれ、説教について考えました。
これはある雑誌で読んだ説教についての記事にです。

今から15年前、東京から石川県の教会に赴任してから随分たったある日、かつての教会で共に過ごした信徒から手紙が届いた。母というには歳を重ね、祖母というにはまだ若い女性。差出人の名前に、いつも伏し目がちに過ごしていたその女性のたたずまいをすぐに思い出したが、会話をしたことは思い出せない。
それは、このような手紙だった。「あの日曜日、私は死ぬ準備を整えて、教会の礼拝に行きました。帰りに飛び降りることに決めていた歩道橋を渡り、神様に別れを告げるためでした。けれどもその日の礼拝で、先生の説教にキリストの声を聞きました。『わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる』(ヨハネ14:19)。その声が、今日も私を生かしています。そのお礼を伝えるまでに、5年の月日が必要でした。」
当時はまだ神学校を出たばかりの20代。日曜の朝になっても説教準備が終わらず、説教を終えた夜は心さいなみ、幾度も寝返りを打つ伝道者の説教を、彼女は正面から受け止めた。そして、聖書の言葉を通して神ご自身が語りかけてくださったのだ。私たち説教者は、水をワインに変えた方、主イエス・キリストの奇跡にくり返し出会わせていただきながら歩んでいる。
「そこで神は、宣教(説教)という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています」(汽灰螢鵐1:21-23)。
説教は愚かな手段である。スピードがもてはやされるこの時代に、十年一日のような教会でくり返されるたどたどしいスピーチから、いったい何が生まれるというのだろう。しかも、私のための希望は十字架で殺された方にあると語り続けることは、ユダヤ人やギリシア人のみならず、日本人にも愚かさの極みであろう。しかし、そのもどかしさに喘ぎ、聖書の言葉を何とか届けたいたいともがく伝道者の愚かさを、神は用いてくださるのだ。

あなたにも、あの日あの時の、忘れられない説教が、今のあなたを生かしてる説教があるでしょうか。神は今も教会を通して、この時代に向かって語っておられるのです。高校1年の夏、徳島の教会で聞いたキリストの声が私の転機となりました。
今週も大切なことを大切に。

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なぜ十字架だったのか その2



神の救いの道はキリストの受肉、十字架、復活によってもたらされました。キリストの十字架は、キリストが私たちの罪の身代わりに死んでくださったことを意味します。十字架刑は、当時イスラエルを統治していたローマ帝国において最も残忍な死刑の方法でしたが、なぜ、キリストの死は十字架でなければならなかったのでしょう。ほかの方法ではなく、十字架であったことに意味があります。それは神が定められた律法の要求に応えるためです。ガラテヤ書3章13節にこう書かれています。「キリストは、わたしたちのために呪いとなって、わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました。『木にかけられた者は皆呪われている』と書いてあるからです。」十字架刑はローマ帝国の死刑法でしたが、ユダヤの律法でも「木に架けられる」という刑罰がありました。申命記21章などに出て来ますが、それによると、木に架けられた者は「神に呪われた者」と言われています。私たちには聖書が教える呪いということが理解しにくいのですが、呪いの死とは、罪に対する神の怒りと裁きを受けた死であって、アダム以来、すべての人に定められた宿命です。この呪いから私たちを解放し救うために、キリストは呪われた者とならなければならなかったのです。
十字架の上で叫ばれたイエスの言葉を思い出します。「エリ、エリ、レマサバクタニ」「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか。」父なる神との美しい調和を一瞬も失うことなく持ち続けていた神の御子が、それを失い、神に見捨てられた者、呪われた者となってくださったその時、アダム以来、失われていた神と人との美しい調和が取り戻される道が開かれたのです。ですから、キリストが呪われた者として十字架の上で死んでくださったことによって、罪の代価は支払われ、私たちは神の怒りと裁きという、恐るべき呪いから解放されたのです。それは私たち一人一人が、「一輪の花」として美しい生きるためだったのです。
「神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが(神の命に、神の愛に)生きるようになるためです。(「一輪の花」として美しく生きるためです。)ここに、神の愛が私たちの内に示されました。わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子とをお遣わしになりました。ここに愛があります。」

土曜日、日曜日と徳島にあるパウロ教会でメッセージを語らせていただきます。創立60周年、献堂40周年の記念聖会です。

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花の使命は



令和になって二度目の礼拝は、母の日の礼拝です。母の日は教会で生まれた美しい習慣です。聖書は神のことを「父なる神」、イエス・キリスを「子なる神」と呼びます。「では母は?」と言うと、聖書に明言されているわけではありませんが、聖霊なる神の優しさは母のようだと言えるかも知れません。また教会こそは、キリストの花嫁と呼ばれるゆえに、母のような役割を果たすのではないかと思います。聖アウガスチヌスも「教会を母としないクリスチャンは、神を父と呼ぶことはできない」と言いました。母の日に、母と呼ばれるすべての存在に、母と呼ぶことのできる存在を与えてくださった神に感謝したいと思います。「母の日」おめでとうございます。
先週は、外務省が「令和」という元号の意味を、「Beautiful Harmony(美しい調和)」と伝えているという話をしましたが、出典は、日本最古の歌集である『万葉集』、梅花の宴で詠まれた歌の序文から二文字をとって、「令和」と付けられたということです。
クリスチャンは西暦を重んじるべきかと思いますし、元号が必要かどうかという議論があることも承知のうえで、私は「令和」という言葉の意味を噛みしめています。万葉の時代、花見と言えば、桜ではく、梅や桃を楽しんだ訳ですが、「厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人一人の日本人が明日への希望と共に、それぞれの花を大きく咲かせることができる、そうした日本でありたい」と心から願うものです。
カトリックのシスター渡辺和子先生が『どんな時でも人は笑顔になれる』という本の中に「『一輪の花』として生きる」という素敵な文章がを書いていました。
「人間は一人ひとり花です。小さな花もあれば大きな花もあり、早咲き、遅咲き、色とりどり店頭に飾られ、買われてゆくのもあれば、ひっそりと路傍で『花の一生』を終えるのも多いでしょう。花の使命は咲くことにあります。他の花と比べて優劣を競うことにもなければ、どこに置かれるかにもなく、自分しか咲かせられない花を一番美しく咲かせることにあります。」

今週も大切なことを大切に。

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なぜ十字架だったのか



ピラトが「あなたたちが自分たちの律法に従って裁け」と言ったのに対して、ユダヤ人たちが「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」と答えたやり取を受けて、ヨハネは言います。「それは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、イエスの言われた言葉が実現するためであった」と。
私たちは毎週、使徒信条の中で「ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ」と告白しますが、神が人類の救いのために立てられた計画に基づき、キリストが異邦人の手に引き渡され、裁かれ、十字架につけられたことを忘れないように告白しているのです。
イエスの死が十字架刑でなければならなかった理由を考えてみましょう。なぜ十字架だったのでしょうか。
第一に、それは骨が砕かれないという預言が成就するためです。出エジプト12章46節、「その骨を折ってはならない」とは、過越の子羊についての記述です。詩編32編20節以下、「主に従う人(メシア)には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出し、骨の一本も損なわれることのないように、彼を守ってくださる」とある通りです。
第二に、キリストの死について、ユダヤ人と異邦人がともに責めを負うためです。ユダヤ人だけをキリスト殺しの犯人と言うのは教会の大きな過ちです。使徒言行録2章23節、「このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じの上で、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。」同じく4章27節、「事実、この都でヘロデとポンティオ・ピラトは、異邦人やイスラエルの民と一緒になって、あなたが油を注がれた聖なる僕イエスに逆らいました。そして、実現するようにと御手と御心によってあらかじめ定められていたことを、すべて行ったのです。」
第三に、キリストは、呪いの死を受けた者として木にかけられなければならなかったからです。私たちには聖書が教える呪いということがよく理解できていません。呪いの死とは、罪に対する神の怒りと裁きを受けた死であって、アダム以来、すべての人に定められた宿命です。この呪いから私たちを救うために、キリストは呪われた者とならなければならなかったのです。ガラテヤ書3章13節、「キリストは、わたしたちのために呪いとなって、わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました。『木にかけられた者は皆呪われている』と書いてあるからです。」
十字架の上で叫ばれたイエスの言葉を思い出します。「エリ、エリ、レマサバクタニ」「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか。」父なる神との美しい調和を持ち続けていた神の子が、神に見捨てられた者、呪われた者となってくださったその時、アダム以来、失われていた神と人との美しい調和が取り戻される道が開かれたのです。
「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も(十字架に)上げられねばならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。」アーメン。

次の日曜日は、5月のオープン礼拝「母の日」特集です。

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