聖夜



昨日の礼拝でも、瞬きの詩人・水野源三さんの詩から、聖歌隊が賛美をしました。

「聖夜」
夜空に輝くあの星よりも 
小さな小さなこの地球の
片隅にお生まれになられた 
御子イエスさま。
無数の星が輝き 
無限に広がるこの宇宙よりも
大きな大きな神さまの愛

この歌を口ずさむ度に、床の上で寝たきりの源三さんが、宇宙大の賛美を書いていることに感動します。今年のクリスマス、小さな小さなこの地球の片隅のベツレヘムの家畜小屋でお生まれになられた御子イエスさまを愛し、無限に広がるこの宇宙よりも、大きな大きな神の愛を賛美したいものです。

先週、ロゴス社から新刊の『若き日の大槻武二』が届きました。秋頃から、小出しにこの本を紹介してきましたが、ベテランの方はもちろん、大槻牧師を知らない若い方や新しい方にも、ぜひ読んでいただきたい一冊です。「はじめに」の所で、この本が出版されることになった経緯が紹介されていますが、神の導きを感じます。神を見たと言った一人の少女の存在が、東方の星となり、大槻牧師をキリストとの出会いに導きました。これが新年のメッセージにつながっていくわけですが、年末年始には、ぜひこの本を味わってください。

今週も大切なことを大切に。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

体を備えてくださいました



ヨハネ福音書のクリスマス・メッセージです。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」
受肉の神秘を伝える「わたしたちの間に宿った」という言葉は、本来「天幕を張る」という意味です。昔、荒野を旅するイスラエルの民の中心に「臨在の幕屋」と呼ばれる特別な天幕がありました。その天幕が完成した日のことが、出エジプト記の最後に記されています。「雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた」と。ですから、ヨハネは、あの日、イスラエルの民の間に宿った神の栄光が、イエスの肉体という幕屋の中に宿り、私たちの間に住まわれたのだと言っているのです。なぜ?でしょうか。
聖書は66巻、1189章から成りますが、罪が出てこない章がどれくらいあるかご存知ですか? 罪を見いだすことのできない章は、創世記の1章と2章、そして黙示録の21章と22章、このたった4章だけです。聖なる書であるはずの聖書とは、実は人間の罪にまみれた、とことんまえ罪について描いた書なのです。それは、罪の問題の解決なくして、人は絶対に幸せになれないことを私たちに教えています。ですから、聖書は贖罪について、いささかもぶれることなく、「キリストは私たちのために生まれ、私たちの罪を背負われた」という事実を一貫して語り続けるのです。
愛である神は、人類の救いのために人となる必要があり、十字架の上で私たちのために死ぬ必要があったのです。ヘブライ人への手紙にこう書かれています。「キリストは世に来られたとき、次のように言われたのです。『あなたは、いけにえや献げ物を望まず、むしろ、わたしのために体を備えてくださいました。あなたは、焼き尽くす献げ物や罪を贖うためのいけにえを好まれませんでした。そこで、わたしは言いました。「ご覧ください。わたしは来ました。聖書の巻物に私について書いてあるとおり、神よ、御心を行うために。」』」
人類救済という神の願いを実現するために、キリストはこの世界に来られたのです。これがクリスマスの真実です。

次の日曜日は、待降節第3週の礼拝です。聖餐式が行われます。



続きを読む

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

?と!



短い言葉でメッセージを届けるというのは、とても難しいことです。
「世界で一番短い手紙」という有名な話をご存知でしょうか。
1862年、ヴィクトル・ユーゴーと出版社の間で交わされた一通の手紙のことです。
『レ・ミゼラブル(ああ無情)』の売れ行きが気になったユーゴーは旅先から出版社に手紙を送ります。
たった一文字「?」
売れ行きはどうですか「?」世間の反応は「?」読者の感想は「?」・・・
いろんな意味が込められていたのでしょう。
それを見た出版社はたった一文字で返事をしました。「!」
非常に売れています「!」大反響ですよ「!」みんな感動しています「!」・・・

私たちの人生にも小さな「?」から大きな「?」まで、たくさんの「?」があるのではないでしょうか。言葉にならない「?」や、答えを見いだし得ない「?」もあります。私はどこから来て、どこへ行こうとしているのか?、人生の苦しみに対する回答はあるのか?、罪の赦しは?、「?」だらけです。それらの「?」に対する神様からの返事も、実はいつも「!」なのです。聖書の中には、すべての「?」に対する驚くべき回答があります。
待降節、クリスマスの疑問に対して、聖書が伝える「!」の真実はこうです。ヨハネ福音書1章14節、「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」御言葉を味わいましょう。

今週も大切なことを大切に。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

皆さま、早く信じましょう。



今月出版される『若き日の大槻武二』に、重利登志子先生の証しが掲載されています。東方の博士たちは不思議な星に導かれて、救い主と出会いましたが、聖イエス会の創立者である大槻武二牧師も、今から80年前、一つの星に導かれて、キリストに出会いました。その星とは、「神を見た」と言った重利清子という一人の少女でした。重利清子ちゃんは、昭和12年12月12日、10歳と8ヶ月の生涯をかけぬけ、天国に上っていきました。本に載せられている証しは、清子ちゃんが召されて1週間後に持たれた記念の夕べで、お母さまの登志子先生が語られたものです。重利先生は、長い間、岡山県赤磐市にある聖イエス会清心教会で奉仕されましたが、清子ちゃんの物語を語り継げる語り部として、その生涯を全うされました。先生の証しの最後にこう記されています。「清子の死を同情して下さる方々は、『仕方がありませんがあきらめなさい』と申して下さいますが、わたしの心には、主の安らぎと賛美がこみ上げてくるこの感激。今こそ声を大きくして叫びます!『皆さま、早く信じましょう。かかる大いなるみ救い、大いなる喜び、大いなる平安を与えたもう主イエス・キリストを!』」
神を見た少女、重利清子ちゃんこそ、聖イエス会をキリストとの出会いに導いた一番星です。80年が経った今年のクリスマス、私たちはもう一度、この星に導かれて、キリストのもとに行きます。「心の清い人々は、幸いである。その人たちは神を見る。」「独り子の神、この方が神を示されたのである。」

慌ただしい師走ですが、クリスマスのシーズン、日曜の朝はぜひ教会にお出かけください。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

独り子である神



今年も礼拝では、毎週ヨハネ福音書を学んできましたが、12月はクリスマスの特別編で、1章に戻ります。ほんとうは14章から、最後の晩餐の後、キリストが弟子たちに語られた最後の説教を学んでいるところでした。そこは「御心の至聖所」と呼ばれ、神の子であるキリストの胸の内が明かされる、キリスト教の奥座敷というべき箇所で、いよいよ、これから聖霊の派遣、三位一体の神秘が語られるところでした。この難しい箇所をいかに語るべきか、来年に向けて祈り備えています。それでも、少し触りだけ話します。それがクリスマスの真実を理解する助けになるからです。
14章16節以下、「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わし、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。」すでに「わたしを見た者は、父を見たのだ。」「わたしと父とは一つである」と語られたキリストが、この世を去って行く前に、別の弁護者(助け主)、真理の霊、すなわち聖霊を遣わすと語られました。ここで使われている「別の」という言葉はギリシャ語で「アロス」ですが、別は別でも、全く同質のものという意味です。それは、父なる神と独り子なる神(キリスト)との間に見られる関係と同じです。フィリピの信徒への手紙2章6節に、「〔キリストは〕、神と本質的に一つ〔神が神であられるための属性をすべて保有しておられる〕<神のかたち>であられます」と書かれているのと同じです。
父なる神、独り子なる神、そして聖霊なる神、別は別でも、全く同質のもの、これを父と子と聖霊、「三位一体」と言うのです。そして、クリスマスとは、独り子なる神が、この地上に人の姿となり、お生まれになった日なのです。
そこで、ヨハネ福音書の1章に戻って、ヨハネが伝えるクリスマスの神秘について改めて学びたいと思います。ヨハネ福音書には、私たちのよく知っているクリスマスの物語がありません。聖書の預言もベツレヘムのことも、マリアもヨセフも、羊飼いも博士も天使も登場しません。しかし、ヨハネは独り子の神(ヨハネはこの方を「言(ロゴス)」と呼びます)が人となられた、その神秘を何のためらいもなく、真っ直ぐに伝えます。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」と。つまりこう言うことです。人間の目に見えない神が見えるものとなり、人間の言葉で人間に語るために、神は人となられた。また、触れたり掴んだりすることのできなかった神が、人間がこの手で触れることのできるものとなるために、人の姿となられた。そして、不死のものである神が、私たちの罪の贖いの供え物として、十字架にかかって死に、信じる者に永遠の命を与えるために、人となられたと言うことです。
クリスマス、独り子である神が人となられたのは、父なる神を誰の目にも見えるようにするためでした。この方が神を示されたのです。ですから、だれでも、この方を通るなら、神と出会うことができるのです。

今週も大切なことを大切に。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

山本忠一君のこと



日曜日に名古屋の礼拝で紹介された山本忠一君の話し。

戦前のお話しです。和歌山県の南部と言うところに、労祷学園という学校がありました。
その責任者は升崎外彦牧師でした。しかし、世の人々はこれを「アホ学校、アホ学校」と呼んでいました。
この学校に知的障害者が一人加わったのを知った近所の人が、学校の門のところに「アホ学校」と落書きしたからでした。
この少年の本名は「山本忠一」と言って、幼い頃、脳膜炎にかかってしまった孤児でした。面倒をみていた親戚の人から愛想をつかされ、家から追い出されてホームレスになってしまいました。
そんな忠一君を升崎先生が自宅に連れてきて、世話をすることにしたのです。毎朝おねしょをしてしまう忠一くんを、升崎先生は彼を愛し、「忠ヤン」と呼んでいました。しかし、忠ヤンが学校に入ったことによって、学校が「アホ学校」と名づけられてしまい、他の学校の生徒は、升崎先生に「忠ヤンが学校に来ないようにしてください。でなければ自分たちは出て行きます」と詰め寄りました。これにはさすがの升崎先生もどうしたらいいものか、と悩みました。しかし、その時「健康な人に医者はいらないが、病人には医者がいります。」「ある人に100匹の羊がいて、そのうち1匹が迷いでてしまったとしたら、99匹を残しておいて、迷っている羊を探しに出かけないでしょうか」と言うイエス様のみことばが心に響いてきたのです。そして将来ある学生よりもひとりの知的障害者を選んだのです。
ところが、ある日のこと、忠ヤンは外出したまま、夜になっても帰ってきません。そこらじゅうを探し回っても、その消息はわかりませんでした。それから数年後、1939年のある日、ある一人の紳士が突然、升崎先生を訪ねてきました。
「あなたは何年か前に山本忠一と言う子供をお世話された升崎先生ではないでしょうか?」升崎先生は目を大きく見開いてうなずきました。その紳士は話し始めました。
「実はある日のこと、我々の船は荷物を満載して、紀州尾鷲湾を出ました。出帆後、間もなく海がしけ始め、船をコントロールできなくなり、ついに水面下の岩に船底をぶつけてしまいました。破れた船底からはおびただしい水が流れ込んできて、いくら水をかい出しても間に合いません。『もうこれまでだ』と皆が観念したとき、船底から『親方、親方。船を、船を』と手を振りながら大声で叫んでいる者がいるのです。見ればそれが『アホ忠です』。忠ヤンは船底の穴に自分の太ももをぐっと突っ込み、穴をふさいでいました。忠ヤンは必死にもがきながら、『船を、早く船を陸へあげてー』と声を振り絞って、叫んでいました。それで船員たちは、無我夢中で船を陸に近づけ、何とか助かったのです。ところが船底にいた忠ヤンはかわいそうに、すでに息を引き取っていたのです」。
升崎先生は労祷学園で、いつもオランダの堤防の決壊を救った、ハンス少年のことを、青年たちに教えていました。それを聞いた忠ヤンは、よく「おれはハンスだ、おれはハンスだ」と口ぐせのように言っていたのです。そして、それをその通り実行したのです。彼は人から「アホ忠、アホ忠」と呼ばれる知的障害者でしたが、先生のこのメッセージをだれよりもよく悟っていたのでした。

今日から師走。教会の暦では次の日曜日から待降節に入ります。毎週キャンドルを灯しながらクリスマスを待ち望むシーズン。ぜひお出かけください。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

起ちて歩め



最近の集会で、来月ロゴス社から出版される『若き日の大槻武二』という本から、いくつかの説教を紹介しています。この本には5つの説教が集録されていますが、それは奉天時代、大槻牧師が使用していた新契約聖書(永井訳)の余白に書き込まれていたものです。「起ちて歩め」という説教は、昭和16年(1941年)の6月に大阪日本聖化神学校(自由メソジスト)でなされたものです。大槻筆子先生の記録によると当時、名古屋の今池にあった自由メソジスト教会でも講演をしておられ、著しい御業が行われそうです。それが一麦教会の先生に伝わって、その後度々一麦教会にも招かれて集会をされたようですが、そこで名古屋教会の基礎となってくださったTさんと大槻牧師が出会うことになります。
この説教が語られたのは昭和16年のことですから、昭和13年(1938年)に内住のキリストを経験されて3年後ということになります。そして、この年の11月に脊椎カリエスを患っていワンペンショウという女性の癒しが発端となって、ジョン宋博士の再来と称された、あの満州のリバイバルが始まります。その期間はわずか9ヶ月足らずでしたが、228回の集会が行われ、8025人の方が神癒の恩恵にあずかったと記録されています。その時期に語られた使徒言行録3章からの神癒に関する説教が「起ちて歩め」です。

次の日曜日は、聖歌隊が岐阜教会で「すこしはやめのクリスマスコンサート」と題して歌わせていただきます。
お近くの方がありましたら、ぜひお出かけください。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

告白



十字架の前夜、イエスがいなくなってしまうということが語られると、動揺する弟子たちが次々に発言します。まず「どこへ行かれるのですか」と言うトマスの咄嗟の問いかけが、イエスの口から偉大な啓示を引き出しました。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父(神)のもとに行くことはできない。」イエスが語っていると、今度はフィリポという弟子が尋ねます。「主よ、わたしに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と。「御父をお示しください」、言葉を換えれば、「神を見たい」との願いは、聖書が教える人間の根源的、究極的渇望です。
詩編42編は、そんな人の心にある神への渇きを歌った代表作です。「涸れた谷に鹿が水を求めるように、神よ、わたしの魂はあなたを求める。神に、命の神に、わたしの魂は渇く。いつ御前に出て、神の御顔を仰ぐことができるのか。」この後、詩人は「お前の神はどこにいる」と訴える人々の声を聞きながら、神に見捨てられたような現実の中で、次のように叫びます。「なぜうなだれるのか、わたしの魂よ、なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう。「御顔こそ、わたしの救い」と。
まるで一人の人のうちに二人の人がいるようです。うなだれている自分に語りかけているのは誰でしょうか。「神を待ち望め」と言っているのは誰でしょうか。それは彼自身です。ほんとうの自分が叫び出して、どんな逆境にも振り回されず、「神を待ち望め」と言っているのです。現実には思い悩みます。窮地に追い込まれればうなだれて心が乱れます。でもその時に、ほんとうの自分が目覚めて、神を慕い求め始めるのです。
古典的キリスト教文学の名作『告白』を著した聖アウグスティヌスもその本の冒頭にこう記しています。「神よ、御身は御身のために私たちをつくられました。私たちの心は、御身の中に安らうまでは、安らうことがありません。」
イエスの弟子フィリポの叫びも同じです。「わたしたちに御父を(神を)お示しください。そうすれば満足できます。」詳訳聖書は、「それが私たちの願いのすべてです」と訳します。神を見たい。それが私たち人間のうちにある真実な渇きなのです。
そこでイエスは言われました。「わたしを見た者は、父を見たのだ」と。イエス・キリストこそ、人間を神に導く唯一の道であり、絶対不変の真理、真実の神、永遠の命です。ヨハネが福音書のはじめに記していたとおりです。「いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神(イエス・キリスト)、この方が神を示されたのである。」イエス・キリストこそ、父のふところにいる独り子の神、この方が神を目に見えるように示されました。キリストは父のふところにいるので、私たちをまちがいなくそこに導くことができるのです。

聖イエス会では、11月23日の勤労感謝の日を「健康感謝の日」と定め、その前後の日曜日に「健康感謝礼拝」を行っています。名古屋教会では次の日曜日がその礼拝になります。この一年、健康な時も、病気の時も、守られ支えられてきたことに感謝しましょう。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

その道の者たち



『道ありき』『この土の器をも』『光あるうちに』と言えば、作家三浦綾子さんの自伝小説三部作です。この作品も、日本人にとっては、たいへん優れた信仰のガイドブックではないかと思っています。
第一部となる『道ありき』は、「私はこの中で、自分の心の歴史を書いてみたいと思う」という一文で始まります。それは昭和21年、日本が戦争に敗れたばかりの時でした。17歳の時から軍国主義の教師として小学校の教壇に立ってきた堀田綾子さんは敗戦によって、これまで生徒に教えてきたことをすべて塗り替えなければならない、虚しい日々を送っていました。虚無感を抱きつつ、やがて結婚を決意しますが、結納が届いたその日に貧血で倒れ、間もなく肺結核を患い、13年にも及ぶ長く辛い闘病生活を強いられることになります。虚無に陥り自殺まで図った彼女が、生きる希望を取り戻すに至ったまでの道、『道ありき』では三浦光世さんと結婚するまでのことが書かれていますが、そんな綾子さんの青春の物語です。
この本の扉の所に記されているのが、ヨハネによる福音書14章6節、「我は道なり、真理なり、生命なり」という言葉です。これはイエス・キリストが語られた言葉ですが、まさに「道ありき」です。ところで、「道」という言葉を辞典で調べると、実に多くの意味があることがわかります。特に日本ではその精神性が重視され、生きることと深く関係付けられています。松尾芭蕉の「おくの細道」は有名です。京都の銀閣寺の近くには「哲学の道」というのもあります。花の道「華道」と言い、お茶の道を「茶道」、剣の道を「剣道」、柔の道を「柔道」と呼びます。一つの物事を通じて生き様や真理を追究し、それを体現することや自己の精神の修練を行うことを道と呼ぶわけです。興味深いことですが、聖書を見るとクリスチャンがクリスチャンと呼ばれる前、「その道の者たち」と呼ばれていたことがわかります。そこで、信仰の道を求めることを「求道」と言います。ですから、私たちは求道者です。これはキリスト教初心者の呼称ではなく、聖書を学び、信仰の道を尋ね求めるすべての人の呼称です。今週も信仰の道を尋ね求めようではありませんか。

今週も大切なことを大切に。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

天まで達する階段



「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。」イエスは、動揺と混乱の中にいた弟子たちに、そのように語られた後、「あなたがたのために場所を用意しに行く」という言葉で、十字架こそ天国への道であることを語られます。しかし、弟子たちにはそれが理解できません。そこで口を開くのがトマスです。彼は、ペトロが先に尋ねたことをくり返し聞いています。「主よ、どこへ行かれるのか・・・その道を教えてください」と。悲観的な性格であったトマスは、その夜、誰よりも不安だったのでしょう。ただ暗い未来のみが、自分たちを待っているように感じられ、彼は咄嗟に尋ねたのです。
これはヨハネ福音書の特徴ですが、イエスが謎めいた言葉を語られると、その意味を尋ねる合いの手が入り、それにイエスが答えて、深い真理が解き明かされていくのです。ここでもヨハネの得意なパターンで話題が展開していきます。
トマスの咄嗟の問いかけが、思いがけずもイエスの口から偉大な啓示を引き出す結果となったのです。イエスはこの機会をとらえて、ご自身の神性を鮮やかに啓示されました。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父(神)のもとに行くことはできない。」
ヨハネ福音書の1章に、いちじくの木の下にいたナタナエルという弟子とイエスが出会い、語り合う場面があります。イエスはいちじくの木の下で聖書を学んでいた彼に創世記28章の物語を思い出させます。イスラエル民族の太祖ヤコブが、偽りの生活の果てに家を追われ、荒れ野で石を枕にして寝なければならなかった夜、夢を見たという話しです。彼は「先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりして」いる夢を見ました。夢から覚めたヤコブは感動に震えながら言います。「ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。そうだ、ここは天の門だ」と。
イエスはナタナエルに言われました。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」ここでイエスは創世記の話しを少しだけ変えています。「人の子」という部分です。ヤコブが夢の中で見た天まで達する階段、天国への道とは、「人の子」すなわち、イエス・キリストだったのです。

毎月第1日曜日は、新しい方にも入りやすいオープン礼拝を開催していますが、11月は第2週がオープン礼拝になります。
5日の礼拝は、信徒向けの聖会です。ご了承ください。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.
Join me on Facebook Follow me on Twitter Subscribe to RSS Email me