御創



昨日、今年の上半期最後の礼拝は、岐阜教会でメッセージを語らせていただきました。
以前、ブログでも紹介しましたが、新聞のコラムで読んだ「創」の話しから始めました。

「創」とは、不思議な字である。
「つくる、はじめる」との意味を持ちつつ、
「きず」という意味もある。
創造の創も絆創膏の創も同じ創なのだ。
詩人の吉野弘さんは、こう問い掛けた。
創造らしい創造をする精神は、そのいとなみに先立って、
何等かのきずを負っているのではないか。
きずを自らの手で癒そうとすることが創造につながるのではないか。
その好例が、植物の挿し木。
茎や枝を切って、地中にさし込めば、傷口から初々しい根が生えてくる。
このことこそ、きずが創造につながることを示す姿ではないか、
と詩人は書いた。

話しはまだ続くのですが、なるほどと思いました。
『十字架の黙想』の第1日に記されている聖イグナチオの「十字架に向かう祈り」を思い出します。

「願わくはキリストの魂、われを聖ならしめ、
キリストの体、われを救い、
キリストの血、われに浸透し、
キリストの脇腹より滴りし水、われを清め、
キリストの受難、われを強めんことを。
慈愛深きキリスト、わが願いを聞き入れ、
み傷の中に、われをかくし、
主より離れることを許し給わぬように。」

平成版では常用漢字の「傷」になりましたが、
文語版では「創」という漢字を使って「御創(みきず)」と読ませていました。
学生の頃から、ずっと気になっていた所ですが、ようやく腑に落ちました。
だれでもキリストの十字架の御創に接ぎ木されるなら、その人は新創造された者。
古いものは過ぎ去り、すべてが新しい。

今日から京都でもたれるセミナーに参加します。
今週も大切なことを大切に。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

尊い一粒の麦よ



聖イエス会の情報誌『あかしびと』で、「すばらしいクリスチャンたち」という連載が続いていますが、まもなく届く7月号に、今年は没後80年と言うことで、重利清子ちゃんのことが紹介されています。
「今年(2017年)は、重利清子ちゃん没後80周年にあたります。神を見、『平安』という言葉を遺して天に召された清子ちゃんの存在は、聖イエス会にとって『恩寵』そのものであるといえます」と書き出される文章を読みながら、聖イエス会に重利清子ちゃんを与えてくださった神に感謝の思いを新たにしました。
1929(昭和4)年、中国の瀋陽(当時の満州・奉天)で生まれた清子ちゃんは、生まれつき体が弱く、右足が不自由で、学校の行き帰りにはいつもいじめにあい、8歳にして、すでに生きることの苦しみと悲しみを味わっていましたが、教会に導かれ、聖書を通して、神の愛を知りました。1937(昭和12)年12月、風邪がもとで、床に伏していた清子ちゃんは、祈りの中で突然こう言って顔を輝かせました。「もうだいじょうぶ。清子はエス様を見たからうれしい!」と。その3日後の12月12日、「平安、平安、平安」と、3度くり返して、清子ちゃんは8歳と10カ月の生涯を終えて、愛し慕ったキリストのもとへ召されていきました。
清子ちゃんの言葉とその姿は、聖イエス会の創立者である大槻牧師を、神との出会いに導きました。そして今、御名による神との出会いの体験は、イエスを神の子メシアと信じる、私たち一人一人にも与えられているのです。大槻牧師は、清子ちゃんの葬儀に「一粒の麦」という告別説教を語り、最後にこう言っています。
「私たちは何のために選ばれ、召されたのか。それは『一粒の麦』となるためである。・・・私たちは、なぜ神の栄光を充分に現すことができないのか。それは、徹底的に自己を十字架につけて、全く死に切っていないからである。自分を捨て、十字架を負い、主に従うこれ以外に、神の栄光を拝する道は絶対にないのである。
清子ちゃんは、一粒の麦として散ったのである。・・・尊い、尊い一粒の麦よ! すでに種は地にまかれた。清子ちゃんは、清きが故に、良き種として選ばれ、神の栄光のためにまかれたのである。主は必ず、この尊い選ばれた一粒の麦を祝し、豊かな収穫を、リバイバルを与えてくださると、信じて疑わない。ああ、一粒の麦は地に落ちた。やがて春が来ると、この一粒の麦は芽を出し、多くの果を結ぶであろう。」

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

ゲッセマネの祈りと主の祈り



「今、わたしは心騒ぐ。何と言おうか。『父よ、私をこの時から救ってください』と言おうか。しかし、私はまさにこの時のために来たのだ。父よ、御名の栄光を現してください。」
「一粒の麦」の譬えを通して、ご自分の死と復活について語られたイエスが、突然、ご自分の心のうちを吐露されます。
この場面は、「ヨハネ福音書のゲッセマネ」と呼ばれる箇所です。ヨハネ福音書には、共観福音書に見られるゲッセマネの祈りが記録されていないのですが、ヨハネはその代わりに、「一粒の麦」の譬えに続けて、心を騒がせ、苦悶するキリストの姿をここに描きます。
十字架の前夜、ゲッセマネの園で、血の汗を流し、もだえ、七転八倒の苦しみを経験されたイエスは、全人類の罪が盛られた杯を前に、「この杯を過ぎ去らせてください」と願いましたが、同時に「私の願いのままにではなく、御心のままになさってください」と祈りました。キリストは、最初の人アダムの罪から始まり、カインの殺人罪、そして、最後の人の最後の罪に至るまで、全人類の(私の、あなたの)過去、現在、そしてこれから犯すであろう罪まで、すべての罪を背負い、一粒の麦となって死んでくださったのです。
私たちは、「御心がなりますように」と祈るようにしばしば教えられますが、それは「御名の栄光を現してください」との祈りでもあるのです。そして、それはイエスが教えてくださったあの「主の祈り」そのままです。「父よ、御名が崇められますように。御心が行われますように。」このキリストの心を心とできますように。

今日は地区の先生方の集まりが持たれました。ちょうど台湾の卓枝安牧師が亡くなられて50日目、卓牧師のことを親しく聞かせていただく時が与えられ感謝でした。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

化学反応



アメリカのNASAでも働いていた韓国の科学者でキム・ヨンギルという方の証しを読みました。
彼は無神論者でしたが、神について知りたいと思い、聖書を開きヨハネによる福音書から読み始めました。最初のつまずきが、カナの婚礼の奇跡でした。彼の分析では、化学方程式がH20からC2H5OHエタノールに一瞬にして変わったということだが、元素を変化させるためには核融合が必要で、それは常温では起こり得ない。その後も、科学者目線での分析を続けますが、奥様やNASAで働く多くのクリスチャンたちの祈りによって、ついに彼も神のシントロピーを体験し、キリストを信じます。(シントロピーとはエントロピーの反対で、無秩序な状態から秩序ある状態への転換を言います。)それこそ水がぶどう酒に換えられるにも優る奇跡でした。聖会の恵みを噛みしめています。常温では起こりえない核融合、御言葉による化学反応が、私のうちにも起こりますように。

先日、聖会に来ていただいた竹内牧師は京都府の北部・綾部市にある教会の牧師ですが、次の日曜日はそちらの教会で、チェンバロコンサートが催されます。お近くの方がありましたら、ぜひお出かけください。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

慰め主



ペンテコステの恵みに満ちた聖会を導いていただきました。新しく導かれている方々も、御名を呼びたくなるようなメッセージと証しで、祈りを受けながら、涙をぬぐっていました。御名を崇めながら、聖霊が心に深くしみ込みますように。
聖会前、今回の聖会のために祈っていると、聖霊が「慰め主」と呼ばれていることに目が開かれました。私たちが使っている聖書では、「弁護者」と訳され、多くの日本語の聖書で「助け主」と訳されている言葉です。詳訳聖書はさすがに超詳しいです。「しかし、慰め主〈助言者、助け主、とりなす者、弁護者、激励者、援助者〉、すなわち、父が私の名によって〈私の代わりに、私を代表し、私に代わって働くために〉つかわされる聖霊は、あなたたちにすべてのことを教えてくださる。また彼は私があなたたちに語った事をことごとく思い起こさせ〈思い出させ、記憶によみがえらせ〉てくださる。」イエス・キリストが「私の代わりにつかわされる聖霊」と言っているお方は、「慰め主」です。単に、可愛そうだねと言って同情するだけではありません。聖書学者のバークレーによれが、ラテン語の「フォルティス」は落胆している人に再び勇気を与える慰めと言う意味だと解説されていました。慰め主は、助言者であり、助け主であり、執りなす者、弁護者、激励者、援助者ですから、勇気をもたらす慰めが与えられるのです。ギリシャ語では「パラクレートス」、傍に引き寄せ、抱きかかえてくれる存在という意味です。英語で慰めを「comforter」、掛け布団と呼ぶのはそのためかも知れません。今週も慰め主である聖霊が共にいてくださいます。

今週も大切なことを大切に。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

両手でいただきなさい



カトリックのシスター渡辺和子さんがベストセラーとなった『置かれた場所で咲きなさい』にこんな文章を記しておられます。
「人は、生きたように死ぬ」ともいいますが、これは必ずしもそうではなく、生涯を弱者のために尽くした人が、理不尽としか思えない死を遂げることもあります。それならば「いい加減に」生きてもいいではないかというのも、一理あります。が、反対に、わからないからこそ、「ていねいに」生きることもできるのです。・・・では、ていねいに生きるとは、どういう生き方なのでしょう。数年前、私は「ひとのいのちも、ものも、両手でいただきなさい」という言葉に出合いました。そしてこれは、私に、ていねいに生きる一つのヒントになりました。誰が考えてもよいもの、ありがたいもの、例えば賞状、卒業証書、花束などを両手でいただくのには、何の抵抗もないでしょう。しかし、自分がほしくないものだと、そうはいきません。拒否したい、突き返したいようなものが差し出された時、果たして、それを受け止めるだけでなく、両手でいただく心になれるのだろうか、と私は、自分に問いかけ続けています。・・・
何事もリハーサルをしておくと、本番も落ち着いていられるように、大きな死のリハーサルとして、小さな死を、生きている間にしておくことができます。小さな死とは、自分のわがままを抑えて、他人の喜びとなる生き方をすること、面倒なことを面倒くさがらず笑顔で行うこと、仕返しや口答えを我慢することなど、自己中心的な自分との絶え間ない戦いにおいて実現できるものなのです。「一粒の麦が地に落ちて死ねば多くの実を結ぶ」ように、私たちの小さな死は、いのちを生むのです。
自分ファーストな私たちには、どこを探してもそんな崇高な愛は見当たりません。しかし、ペンテコステの朝、一粒の麦となられたキリストの死と復活を通して、弟子たちの上に注がれた聖霊は、今日も信じるすべての人に注がれ、どんな人でも愛の人に変えることができるのです。私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。さあ、両手を差し出して受け取りましょう。来てください愛の聖霊、求める者を訪れ、心に満ちてください。

次の日曜日は、ペンテコステ記念の聖会です。慰め主なる聖霊を待ち望みます。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

最古の職業?



先週土曜日の中日春秋から。
旧約聖書の創世記をめぐる、こんなジョークがある。三人の男が言い争っている。医者と建築家と政治家が、自分たちの職業のうち最古の職業はどれかを論じているのだ。「神はアダムの肋骨からイブを作られた。これは手術ではないか」と医者が主張すると、建築家が反論する。「神はまず、混沌からこの世界を構築された。建築こそ一番古い」。「なるほど」と政治家が口を開いた。「ところで、その混沌をつくったのは誰だね?」「誰だね?」と聞かれて、いま真っ先にその顔が浮かぶ政治家が、またしても特大の混沌をつくった。地球温暖化対策の世界的な枠組み「パリ協定」から離脱すると宣言したのだ。・・・
この後、アメリカのトランプ大統領のことが書かれています。自国第一主義(アメリカ・ファースト)を掲げて大統領に選ばれた指導者だけではなく、くり返し忖度の有無が話題になっている日本のトップも、隣国アジアの国々のトップも、次々と新たな混沌を作り出しています。国益を優先する自国第一主義はある意味、当たり前のことでしょうが、大局を見失うと、ただの独りよがりになり、新たな混沌をつくり出すだけです。
イエス・キリストが教えてくださった「一粒の麦」の譬えは、そんな自分勝手な私たちに、自分に死に、他者を生かすという神の国の生き方を、自らがモデルとなりつつ示してくださったものです。共観福音書では、もう少し早い時点で、イエスが受難の予告をされ、その直後に、イエスに従おうとする者の覚悟が語られますが、ヨハネは同じ内容を、十字架の死を目前にしたこのタイミングで、とても印象的に語ります。
一粒の麦の譬えは、自然界の事実です。一粒の麦が地に落ちて発芽する事実を、麦が「死ぬ」と表現することで、これをイエスの死と重ね合わせ、イエスの死が持つ意義を語っています。つまり、イエスが死ぬことによって、多くの人が真実の命に生きるようになるという福音の奥義が、この譬えによって宣言されているのです。

今日は京都でロゴス社の編集会議。
今週も大切なことを大切に。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

真心から神に近づこう



「われらイエスに謁えんことを願う」と言いながら、どうしてギリシア人たちは直接イエスのところに行かなかったのでしょう。いろいろ理由が考えられますが、意外に答えは簡単かもしれません。行かなかったのではなく、行けなかったのです。エルサレムの神殿は、いくつかのエリアがあって、それぞれそこに入るのに条件がありました。神殿の境内の外回りは、異邦人の庭と呼ばれる広いスペースです。その次に婦人の庭、さらに門をくぐってイスラエルの庭、更に境内から本殿に入ると聖所があり、その奥に、至聖所と言われる場所がありました。
改宗したギリシア人が入ることが許されていたのは、異邦人の庭までであって、イエスは婦人の庭かイスラエルの庭におられたのでしょう。彼らは会いたくても、会いに行くことができなかったのです。両者の間には「隔ての壁」があったからです。この「隔ての壁」について、パウロがエフェソの信徒への手紙の2章でこう言っています。「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、 規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、 十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」
キリストは十字架によって「隔ての壁」を取り除かれました。ここで言われている「隔ての壁」とは、モーセの律法のことです。そのモーセの律法が、キリストの十字架によって、すべて成就したので、だれでも信じるだけで神に近づくことの出来る恵みの時代が訪れたのです。キリストが一粒の麦となって死ぬことによってです。
「キリストはおいでになり、遠くに離れているあなたがた(異邦人)も、また、近くにいる人々(ユダヤ人)にも、平和の福音を告げ知らせられました。それで、このキリストによって私たち両方の者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができるのです。」
私たちは、一粒の麦となられたイエスの血(十字架)によって聖所に入れると確信しています。一粒の麦となられたイエスは、新しい生きた道を私たちのために開いてくださったのです。だから、「信頼しきって、真心から神に近づこうではありませんか。」「君よ、われらイエスに謁えんことを願う。」

6月に入りました。次の日曜日は、6月のオープン礼拝です。ぜひお出かけください。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

われらイエスに謁えんことを願う



イエスのエルサレム入城に続き、祭りに上って来ていたギリシア人がイエスを訪ねてきたことを伝えるのはヨハネだけです。彼らは礼拝をするために過越祭に来ていたユダヤ教に改宗したギリシア人でした。当時のユダヤ人の間では、ギリシア人という呼び方は、民族とか国籍を指すと言うより、ユダヤ教徒から見た非ユダヤ教徒を指す用語であったようです。たとえば、パウロはローマの信徒への手紙の1章で、「福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです」と記しましたが、ここでもギリシア人という呼び方は、ユダヤ人以外の外国人(異邦人)全体を指しています。つまり、異邦人を代表したギリシア人の登場によって、イエスの死の意味が明らかにされていくというのが、一粒の麦のたとえの意義なのです。
彼らは、ガリラヤのベトサイダ出身のフィリポのもとに来て、イエスとの会見を願いました。ここで、フィリポのことが出身地から紹介されていますが、ガリラヤのベトサイダは、ギリシア人が多く住む町で、フィリポという名前も、実はギリシア名です。彼について、他の福音書では、その名前は12弟子のリストには出て来るだけで、実際は一度も登場してきませんが、ヨハネ福音書には、彼が何度か登場してきます。さて、フィリポはどうしたでしょう。彼は仲間のアンデレに相談し、それから二人でイエスのもとに行っています。考えてみれば、これまでイエスの宣教の対象はユダヤ人に限定されていました。例外的に、ローマの百人隊長の僕の癒しや、カナンの女の娘の癒しなどはありましたが、その時でさえ、イエスの態度は決して積極的ではありませんでした。フィリポはそのことで躊躇していたかも知れません。そこでアンデレが行動したのです。アンデレも、他の福音書には名前が上げられているだけですが、ヨハネ福音書では、1章でシモン・ペトロをイエスに導き、6章ではお弁当箱を持った少年をイエスに導き、そしてここでは、ギリシア人をイエスに導くという大切な役目を果たしていきます。そこで、一人が一人を、一人ずつ導くことを、「アンデレ伝道」と言います。私たちがキリストのもとに導かれるためにも、誰かがアンデレとなってくれたのではないでしょうか。
ギリシア人は言いました。「お願いです。イエスにお目にかかりたいのです。」文語訳聖書は美しい響きの日本語で印象的です。「君よ、われらイエスに謁(まみ)えんことを願う。」謁見の謁と書いて「まみえる」、非常に丁寧な言い方ですが、彼らが高貴で偉大な方との会見を願っていたことがわかります。以前、この言葉から、人々は何を求めて礼拝に来ているのか。説教者は、それをいつも確認しながら、御言葉を語らなければならないと教えていただいたことがありました。以来、説教台の上に、この御言葉を書いたメモを置くようになりました。しかし、これは説教者の心得というよりも、礼拝者の心得です。私たち何を求めて礼拝に集まるのでしょうか。いつもそのことを自分自身に問いかける必要があるでしょう。「われらイエスに謁えんことを願う。」

今週も大切なことを大切に。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

ちいろばの女房



ヨハネ福音書に「なつめやし(他の訳では「しゅろ」)の枝を持って迎えに出た」と書かれていることから、キリストのエルサレム入城の日を、「しゅろの日」と呼びます。他の福音記者たちは「木の枝」とだけ記し、それが「しゅろの枝」であったというのはヨハネの視点であり、感性です。
その日、人々の興奮は尋常ではありませんでした。それは、ファリサイ派の人々が、「何をしても無駄だ。世をあげてあの男について行ったではないか」と言うほどでした。この場面を、マタイは、「大勢の群衆が自分の服を道に敷き(これは新しい王に対する服従の姿勢です)、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ」と記し、ルカは、ファリサイ派の人々がこの大騒ぎにクレームを付けると、イエスが「もしこの人たちが黙っていれば、石が叫びだす」と言われたことを記録しています。群衆は賛美せずにはいられなかったのです。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ」と。
ところで、ヨハネが記した「なつめやし」、すなわち「しゅろ」の枝とは、ギリシア語ではフォイニクスと言いますが、それはフェニックス(不死鳥)という言葉です。葉のかたちが鳥の羽に似ていたからでしょうが、その名が示す通り、それは復活と勝利のシンボルです。ヨハネは後に、黙示録の7章において、再びなつめやし、しゅろの枝を振る群衆の姿を描いています。あの14万4千人のイスラエルの救いが語られたすぐ後のところに描かれる天国の礼拝の光景です。「この後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、だれにも数えきれないほどの大群衆が、白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座の前(神)と小羊の前に立って、大声で叫んだ。『救いは、玉座に座っているわたしたちの神と、小羊とのものである。』」
さあ、私たちもこの天国の礼拝、新しいしゅろの日の喜びに、だれにも数えきれないほどの大群衆に加わって参加しようではありませんか。磔にされ、茨の冠をかぶせられた王、私たちの罪の罰を受け、身代わりの死を遂げてくださったこの王こそ、罪と死を打ち破り、三日目に不死鳥のごとくよみがえられた生ける主です。「こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が『イエス・キリストは主である』と公に宣べて、父である神をたたえるのです。」アーメン。

「ちいろば」先生、榎本保郎牧師のことを覚えていますか。先生は、自分のことを小さなろばの子、略して「ちいろば」と呼びました。その榎本先生の奥様、榎本和子さんが「ちいろばの女房」という本を出しておられます。本の最後にこんな文章があります。
「これまでの人生で、私はちいろばの女房としての勤めを果たせたのか、時々考えます。至らぬ妻だったなあと思わずにはおられません。しかし、今思うことは、私も『ちいろば』になりたい、ということなのです。ずっと保郎のようにはなれないと思っていましたし、今でもそう思います。でも私は保郎にならなくてもよいのです。私は私らしく、ちいろばとなりたい。神様のお役に立ちたい、そう思うのです。」
イエスのエルサレム大行進は続いています。そして、ゴールはもうすぐです。私も私らしく、ちいろばとなりたい。神様のお役に立ちたい、そう思うのです。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.
Join me on Facebook Follow me on Twitter Subscribe to RSS Email me