御名御璽



「わたしの名によって父に願うものは何でもあたえられるように」。
イエスの名によって祈る祈りは、イエスの祈りとなります。王の名と王の印について、エステル記には興味深い言葉があります。クセルクセス王は、自分の指輪(王の印)をモルデカイに与えて、エステルとモルデカイに言いました。「お前たちはよいと思うことをユダヤ人のために王の名によって書き記し、王の指輪で印を押すがよい。王の名によって書き記され、王の指輪で印を押された文章は、取り消すことができない。」同じように、私たちがイエスの名を呼んで、「イエス・キリストの御名によってお祈りします」と印を押す時、それは私の祈りではなく、イエスの祈りとなるのです。
ところが、私たちはそれを知らないで勝手なことを願い、何も叶えられないと嘆くことが多いのです。「願うものは何でも与えられる」と言っているのに、なぜ?。・・・次第に神に失望し、祈りが遠ざかってしまうこともあるかも知れません。イエスは、弟子たちから「わたしたちにも祈りを教えてください」と乞われ、大切な「主の祈り」を教えられた後、真夜中に「友よ、パンを貸してください」としつように願う人の話しをされ、次のように言われました。「求めなさい。そうすれば、与えられる。捜しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」と。ですから、私たちもイエスの名によって、祈り求め続けましょう。次の日曜日はペンテコステ(聖霊降臨記念日)、先ほどのイエスの言葉の最後は、「まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる」ということでした。期待し、求め続け、天の門をたたき続けましょう。
学生の頃に聞いたエステル記のメッセージで「御名御璽(ぎょめいぎょじ)」という言葉を教えていただいたことがありました。御名とは王の名、御璽とは王の印という意味です。王の名を持って書き、王の指輪をもって印された書はだれも取り消すことができないと言うことです。それが王妃エステル、キリストの花嫁に与えられました。これを人々の幸せのために、エルサレムの平和のために使わせていただきましょう。

次の日曜日はペンテコステ(聖霊降臨記念日)の礼拝です。

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この時のためにこそ



「お父さん、・・・お父さんが牧師になってあの教会に行ったのは、この時のためだったと私は思うよ。」
東日本大震災の直後、ある牧師は娘さんからこんなメールを受け取り腹をくくったと証ししていました。
「これが私の人生だ。これが私の舞台。やるだけやろう」と。

みなさんは旧約聖書に登場するエステルの物語をご存知でしょうか。聖書は66巻からなりますが、女性の名前が付けられている書が2つあります。ルツ記とエステル記です。どちらも短い書物ですが、神の選びとその目的について深い内容を含んでいます。
エステルの物語。時は紀元前480年頃(キュロス王の勅令によりバビロンからエルサレムに帰還した人々によって第二神殿が建てられていく時代)。舞台はエルサレムから1500キロも離れたペルシア帝国の首都スサ。時の王クセルクセスは、帝国の栄華を誇示するため、インドからアフリカに至るまで、127州すべての支配者を集め、180日に及ぶ宴会を開きました。その席で、酔った王は王妃ワシュティの美しさを見せるために彼女を呼び出しました。歴史家たちは、王妃は王冠以外の何も身に着けずに出てくるように命じられたと言っています。それを断った王妃は位を剥奪され、王宮から追放されてしまいました。
それから2年、新しい王妃を選ぶためにミス・ペルシア・コンテストが開かれ、若きエステルが王妃として選ばれます。幼い時に両親を失った孤児であるエステルは、いとこのモルデカイに引き取られて育てられました。そんな彼女にとって、これはシンデレラストーリーです。
クセルクセス王の次に帝国で権威を持っていたのが、首相のハマンです。彼は権威と力を愛し、ペルシア帝国のすべての住民が自分の前にひざまずくことを求めました。しかし、皆がひざまずく中で、あのモルデカイだけが彼を拝みませんでした。理由を問われたモルデカイは、自分は神を信じるユダヤ人であって、神以外の何ものをも拝まないと答えます。そこで怒り狂ったハマンは、王をだまし、ペルシア帝国中のユダヤ人を根絶する法律を作り執行します。歴史家によれば、当時、ペルシア帝国全土にユダヤ人が1500万人いたと言います。ヒトラーによるホロコーストが600万人ですから、倍以上のユダヤ人の命が死の危険にさらされたことになります。
モルデカイは、ユダヤ人撲滅の命令が出された時に、すでに王妃であったエステルにそれを知らせ、王に頼んでその法律を取り消してもらうようにと進言しました。しかし、王妃とは言え、王に呼ばれていないのに、王の庭に入ることは許されていませんでした。もし、許しなくそこに入るなら、王妃であっても死を免れません。ただ、王が金の笏を差し伸べられる場合のみ、その者は死を免れます。
若きエステルは、スサにいるすべてのユダヤ人に三日間の断食を願い、三日後、決死の覚悟で王の庭に立ちます。エステルは神の御心に従わずに生き延びることよりも、神の御心に従って死ぬことを選んだのです。王は王の庭に、ロイヤルドレスを身に着け、背筋をピンと伸ばし、使命に燃えて立つエステルを見て驚きます。王は手にしていた金の笏をエステルに向かって伸ばし、彼女はそれに触れました。
聡明なエステルは王とハマンを呼んで二晩に渡って宴を催します。二日目、エステルは、「私の命と私の民族の命をお助けください」と王に訴え、自分がユダヤ人であること、ユダヤ人絶滅の命令を出したのがハマンであることを王に告げました。こうして、ユダヤ人絶滅計画がギリギリのところで食い止められたのです。このユダヤ人救済を記念して祝われるのがエステル記を起源とするプリムの祭りです。

ところで、エステル記には、エステルの名前が56回も、そしてモルデカイの名前が、それ上回る61回も出て来ますが、一度も出て来ない名前があります。それは神です。エステル記には、「神」という文字が一度も出て来ません。これはエステル記を聖書の正典として認めるか否かという時にも問題になりましたが、たとえ神という文字が無くても、エステル記ほど、歴史を動かし、支配しておられる神の指が現されている書は他にないという結論に達しました。
もし神がおられるのなら、どうしてこのような事が起こるのか、答えが見えなくて苦しんでいる人がいるなら、エステル記は、私たちの人生のハッピーエンドを知っている目に見えない神がいることを私たちに伝えます。
あの絶体絶命の危機の中、モルデカイはエステルに伝えました。「他のユダヤ人はどうであれ、自分は王宮にいて無事だと考えてはいけない。この時にあたってあなたが口を閉ざしているなら、ユダヤ人の解放と救済は他のところから起こり、あなた自身と父の家は滅ぼされるにちがいない。この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか」と。
それに対するエステルの答えです。「早速、スサにいるすべてのユダヤ人を集め、わたしのために三日三晩断食し、飲食を一切断ってください。(これは単なる願掛けではなく、決死の祈りです。)わたしも女官たちと共に、同じように断食いたします。このようにしてから、定めに反することではありますが、わたしは王のもとに参ります。このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります。

選びの目的の第一は、枝として実を豊かに結び、その実がいつまでも残ることです。私たちが結ぶべき実には、いくつもの意味がありますが、渡辺和子先生の言葉によれば、「咲く(実を結ぶ)ということは、仕方がないと諦めることでなく、笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすること」です。エステルは、自分の幸せだけではなく、人々の幸せのために、「この時のためにこそ」という神の選びと神の時に身を委ねたのです。私たちも誰かの幸せのために、神の選びと神の時に身を委ねようではありませんか。

今日は長くなりましたが、最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今週も大切なことを大切に。

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これが私の舞台だ。



神の選びは不思議です。パウロは言います。「天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです」と。
私たちは、この神の永遠の愛による選びがよくわかっていません。キリストが語られた「わたしがあなたがたを選んだ」という言葉を、詳訳聖書では「私があなたたちを選んだ<植えた>のである」と訳していました。Bloom where God has planted you.(神が植えられたところで咲きなさい)です。カトリックのシスター渡辺和子先生は、「咲く(実を結ぶ)ということは、仕方がないと諦めるのでなく、笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすることなのです」と言っています。神の選びに感謝し、置かれた場所、植えられた場所で、豊かな実を結ばせていただければ感謝です。
東日本大震災から7年が過ぎましたが、以前福島のいわき市にある教会に行かせていただいた時に、すぐそばにある一つの教会を紹介されました。福島第一原発の最も近くに建っていた教会で、避難して来られ、新しい会堂を建てられたということでした。その教会の佐藤彰先生は、たくさんの本を書いておられるので、私も知っていました。『選ばれてここに立つ』という本は、震災から一年後に語られた先生のメッセージをまとめたものです。

いつ頃からか、教会の人に、「私たちは選ばれたんだ」と言うようになりました。なんで福島第一聖書バプテスト教会という名前なのか。なぜ後からやって来た原発が地名で呼ばれずに「福井島第一原子力発電所」なのか。(開拓者の)ホレチェック宣教師はどこに教会を作ってもいいとは考えなかったはずです。・・・この土地を「選んだ」のです。まさかその後震災に遭うとは思っていなかったとしても。それは「選ばれた」ということなのです。
韓国の牧師が電話をしてきて言いました。「なぜおにぎり一個のために何時間も日本人は並ぶことができるの?なぜ喧嘩にならないの、暴動にならないの?ありえないよ。これほどの震災に耐えうる文化を育んだのが日本人なんだね。神は日本人を選ばれたんだね。・・・」それを聞いて私も、あらためてうちの教会は選ばれたんだなと思いました。
・・・教会に赴任して30年。心血を注いで建て上げてきた教会が一夜にして失われたのです。人生は悲しいものだなと思いました。・・・教会は一巻の終わり。終結宣言をするのだと思い、本当にボロボロの敗残兵のように打ちのめされていたのです。が、うちの娘が、あの緊張の最中メールを寄こして来たんです。「お父さん、私毎日泣いています。ほんとうは飛んでいきたいけどお腹に赤ちゃんがいるから、私の分まであの人とこの人を励まして来て。お父さんが牧師になってあの教会に行ったのは、この時のためだったと私は思うよ。
・・・涙がボロボロと流れました。「親を泣かせやがって」「親に説教しやがって」・・・だけど本当だ。私の誕生日は3月11日です。「よし、二度と言うまい。口が裂けても言うまい、なんでこんな目に遭うんだとは。これが私の人生だ。これが私の舞台だ。やるだけやろう」と決めたのです。

神の選びによって、私たちはそれぞれの場所に植えられました。キング牧師が語ったように、そこで与えられた仕事を、「ミケランジェロが名画を描いたときのように、ベートーベンが名曲を作曲したときのように、シェークスピアがすばらしい詩を書いたときのように」、誇りを持って、忠実に果たそうではありませんか。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。」


今日は西宮にあるアンネのバラの教会を訪問し、教会のウェブサイト制作の打ち合わせと写真撮影をさせていただきました。訪問中、満開のバラを見に来られる方が後を絶ちませんでした。

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キング牧師の言葉



「I have a dream(私には夢がある)」と、人種差別のない社会を訴えたキング牧師が暗殺されて、先月の4日で50年が経ち、全米で追悼行事が行われた様子が新聞やニュースでも紹介されていました。キング牧師の夢は実現したでしょうか。現実は、今の大統領の分断を煽るような言動により、夢の実現は遠のいているように見えます。私たちは、私たちの小さな一歩から、彼の夢を実現させたいと願います。私の好きなキング牧師の言葉があります。キング牧師が暗殺される半年ほど前に、フィラデルフィアで中学生に話したという言葉です。

「もしあなたが道路を掃除する仕事に召されたのなら、
ミケランジェロが名画を描いたときのように、
ベートーベンが名曲を作曲したときのように、
シェークスピアがすばらしい詩を書いたときのように、
道路掃除をしなさい。
その仕事があまりにもすばらしいので、
天と地に住むすべての者たちが立ち止まってこう叫ぶようにしなさい。
『ここに自分の仕事を忠実に成し遂げるすばらしい道路掃除夫がいる。』」

今日一日、私たちも自分に与えられた仕事を、誇りを持って、忠実に果たせますように。
今週も大切なことを大切に。

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小さな一歩から



私たちはキリストのように生きるということを願っていますが、それはどういうことなのでしょう。イエスの言葉によれば、「わたしがあなたがたを愛したように」生きるということです。キリストが私たちを愛してくださったように、私たちもキリストの愛によって互いに愛し合うこと、これがキリストのように生きるということです。
『聖母の騎士』というカトリックの雑誌に、一人の弁護士の方が「現代の菩薩」という寄稿をしている記事を読みました。その方は熱心な仏教徒ですが、「現代の菩薩」の例として三人のクリスチャンを紹介し、「以上に述べた現代の菩薩たちは、すべてクリスチャンであって、仏教徒ではなかったことを私は恥ずかしいと思っている」とその文章を結んでおられました。
三浦綾子さんも同じ三人のことを『小さな一歩から』というエッセイ集の中で取り上げて、次のようなことを記しています。
アウシュビッツ収容所で、一人の囚人の代わりに、自らの命を捧げて死んだコルベ神父の名を知らぬ者は、まずないであろう。洞爺丸台風と呼ばれる台風が、1954年北海道を襲った時、二人の宣教師が、見も知らぬ日本の若い男女のために救命袋を譲って、嵐の海に命を果てた。これは私の小説「氷点」の中にも書かれている実話である。また、1912年、北海道塩狩峠において、長野政雄は突如暴走した客車の乗客を救うために、線路に身を投じて貴い命を散らした。これも、私の小説「塩狩峠」に詳しく書かれている。
この三つの事件は、すべてキリスト者の犠牲の死を伝えるものである。これらの話を聞いて、感動しない者はいない。しかし、深く心を打たれながらも、「とてもわたしには真似ができない。自分たちとは別な世界に住む人だからできたことだ」という言葉をしばしば聞く。
ある時、この言葉について私は姉と話し合ったことがあった。姉は言った。「わたしも真似はできない」と。むろん、私も同じことを思った。が、その時、姉はまた言った。「わたしたちは、なかなか命は捧げられないけれど、小さなものなら、捧げられるのではないかしら」。なるほどと私は思った。小さな犠牲なら、私たちも捧げられるかも知れない。例えば、自分の庭に咲く一番美しいバラを、病んでいる人のために切って捧げることはできないか。そう思った時、捧げようと思えば、もっともっと捧げ得ることに私は気づいた。つまり、どんなに忙しくても、一日に十分の時間を誰かのために割くことはできないかと思ったのだ。電話でもいい、葉書でもいい、その人のために祈るだけでもいい。要は小さな一歩から始め得るのではなかろうか、と。
キリストのように生きるため、そんな小さな一歩から私たちも始めよう。

次の日曜日は、5月のオープン礼拝です。アンネのバラも咲いています。ぜひお出かけください。

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友と僕



イエスはぶどうの木の譬えによって語られた、弟子たちとの新しい愛の関係を、弟子たちを「友」と呼ぶことによって、さらに発展させました。聖書の中で、神から「友」と呼ばれてたのは信仰の父アブラハムです。イザヤ書41章8節に、「わたしの僕イスラエルよ。わたしの選んだヤコブよ。わたしの愛する友アブラハムの末よ」とあるように、アブラハムの子孫である神の民イスラエルへの呼びかけの最後に、「わたしの愛する友アブラハム」とあります。
創世記18章で、ソドムの滅亡を食い止めようと、アブラハムが神の前に立って執り成す場面があるのを覚えていますか。「主は言われた。『わたしが行おうとしていることをアブラハムに隠す必要があろうか。アブラハムは大きな強い国民になり、世界のすべての国民は彼によって祝福に入る。』」そう言って、神はアブラハムにご自分の計画、誰にも話せない秘密、痛みを打ち明けました。神は、「罪深いソドムの町を滅ぼすから見ていろ」と言われたのではなく、正義のためにそうせざるを得ない心の痛みをアブラハムだけに打ち明けられたのです。そこで彼は友のように神の痛みを理解し、「この町を滅ぼさないでください」と神の愛を代弁することができました。やがてモリヤの山でイサクをささげる行為によって、彼の時代までに許されている範囲で、彼は神の救いの全貌を理解することになりますが、その意味で、アブラハムは神の友と呼ばれます。
イエスは言われました。「わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。もはや、あなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているのか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである」と。
イエスの十字架と復活を前に、弟子たちはキリストの僕からキリストの友に立場を変えようとしていました。これまでは、イエスの思い、神のご計画を理解しないまま従っていましたが、この後、弟子たちは神の思いと救いのご計画の全貌を理解し、自分たちの使命に目覚め、キリストの友として、雄々しくその使命に挑戦していくのです。
ところで、偉大な使徒パウロは、自分のことをどのように認識していたでしょうか。ローマの信徒への手紙1章1節を見ると、パウロは自分のことを次のように名乗っています。「キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロ」と。ここで「僕」と訳されているドューロスというギリシア語は、文字どおり奴隷という意味ですが、パウロが言いたかったことは、旧約のモーセやヨシュア、またダビデもそうであったように、それは自らの意思で主人(神)に従っている僕であり、主人の心を理解し行おうとしている僕ということです。
ですから、クリスチャンとは、矛盾することのない二重の自己認識を持っていることになります。神の視点からは、キリスト・イエスの友であり、人間の視点からは、キリスト・イエスの僕です。「罪人の頭、我さえも『友』と呼びたもう愛の深さよ」(聖歌519番)と主を賛美しましょう。
神の僕とはメシアの称号でもあり、イエスの生き方でもありました。イエスは言われました。「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、・・・自分の命を献げるため来たのである」と。

今週も大切なことを大切に。
玄関の小さな花壇、アンネのバラが咲き誇っています。

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世の光たらん



三浦綾子さんの小説「塩狩峠」は明治42年(1909年)2月28日、宗谷本線塩狩峠で起こった実際の列車事故をモデルに書かれています。主人公のモデルとなった長野政雄さん(小説では永野信夫)は、私たちの教会のある名古屋市瑞穂区出身の方です。信夫は国鉄の職員で、札幌に赴任して間もない頃、職場で三堀という人物が他人の給料袋を盗むという騒動を起こします。そんなある日、雪の降る札幌の街で、路傍伝道をしていた伊木という伝道師の説教が信夫の心に触れます。伊木先生は、信夫を信仰に導き、十字架の意味がわからず、自らの罪が自覚できない信夫に、「聖書の一つの御言葉を徹底して実践してみなさい。そうすれば、自分が救われなければならない存在であることに気がつきます」と話します。そのような中で、眠れぬ夜に開いた聖書箇所が、ルカ福音書の10章でした。信夫は「善きサマリア人」の譬えを読みながら、他人の給料袋に手を出した同僚のことを思い出し、自分は彼の隣人になろうと決意します。すぐに彼を連れて上司の所に行き、二人はそろって旭川に転勤になります。
信夫は、婚約者を札幌に残し、傷ついている同僚の善き隣人、友となるために尽くすのですが、その気持ちは通じません。かえって、自分の過去を知る嫌な奴と思われ、恩着せがましい存在だと言われてしまいます。信夫は、その同僚の態度を不愉快に思います。その時、彼は気づくのです。自分の内に、その同僚を見下す思いがあったことを。そして、そのことに気づいた時、彼は自分が聖書の一つの言葉も実践できない罪深い存在である事実を突きつけられ、自分こそ救われなければならない人間であることを知り、ついに十字架を受け入れ救われるのです。その年のクリスマス、信夫が受洗するにあたって書いた信仰告白の証しが小説に出てきます。感動の証しです。
塩狩峠は、暴走する列車を、自分の身を挺して止める、自己犠牲の物語ですが、あの愛の奇跡は、ここから始まっていたのです。信夫は、列車事故が起こる前の夜、名寄の鉄道キリスト教青年会の集まりで「世の光たらん」という熱いメッセージを語っています。映画では最初のシーン。善きサマリア人、大きな愛に出会った永野さんの渾身のメッセージです。「あまねく世界を照らす光となろう。おのれの光を隠すことなく、あらわにしよう。陰りのない光を人々の前に輝かせよう。お互いにくり返しのきかない一生を、自分の命を燃やして生きていこう。そして、イエス・キリストの御言葉を掲げて、その光を反射する者となろう。」
塩狩峠は、人間にとって無くてはならない唯一のものが、絶対に価値あるものが、何であるかを私たちに伝えます。それは愛です。今こそここで、私たちも友のために命を捨てる大きな愛に出会い、私たちも愛の光を反射する者に変えていただきましょう。

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友と呼ぶ



イエスはぶどうの木の譬えによって語られた弟子たちとの新しい愛の関係を、次に弟子たちを「友」と呼ぶことによって、さらに発展させ深めていかれます。「わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。もはや、あなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているのか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである」と。
「わたしの命じることを行う」とは、「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し愛なさい。これがわたしの掟である」と命じられていることを行うことです。「互いに愛し合う」ことについては、イエスが弟子たちの足を洗われた洗足の出来事に続いて、すでに教えられていた「新しい掟」と呼ばれる内容です。13章34節、「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」
「新しい」と言われていますが、これは旧約の律法のすべてを集約した発想、また視点の新しさです。ある時、律法の専門家がイエスに尋ねました。「律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」するとイエスは、「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は(つまり旧約聖書は)この二つの掟に基づいている」とお答えになりました。神を愛し、神に愛されている自分を愛し、その愛で他者を愛する、三つの愛です。イエスは十字架の死を目前にして、この三つの愛を集約し、「新しい掟」として語られたのです。
ルカ福音書を見ると、「どの掟が最も重要か」という発題が、「何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるか」という言葉で置き換えられています。「隣人を自分のように愛しなさい」、これを実行せよと言われた律法の専門家はさらに尋ねます。「わたしの隣人(友)とは誰ですか。」そこでイエスは、「善きサマリア人」の譬えを語り、彼に聞き返しました。「だれが追いはぎに襲われた人の隣人(友)になったと思うか」と。「あなたが、追いはぎに襲われ、傷つき倒れている旅人であることに気がついたなら、その時、ほんとうの隣人が、真実の友が誰であるかわかるようになる」ということです。あなたはもうあなたを友と呼んでくださる善きサマリア人と出会いましたか?

今週も大切なことを大切に。

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これはわたしの愛する子



イエスは言われました。「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。」ここでとどまるように言われているポジションは、「父がわたしを愛されたように」という愛です。また、次の節によれば、「わたしが父の掟を守って、その愛にとどまっているように」と言われているイエスが守った父なる神の掟(言葉)です。
では、実際にイエスが受けた父なる神の愛とは、イエスが守った父なる神の言葉とはどのようなものだったのでしょうか。公生涯の初め、ヨルダン川において洗礼者ヨハネからバプテスマを受けた時のことを思い出してみましょう。マタイによる福音書3章16節以下、「 イエスはバプテスマを受けると、すぐに水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。そのとき、『これは私の愛する子、私の心に適う者』と言う声が、天から聞こえた。」
先月、二人の若者が洗礼を受けました。毎回、感動の洗礼式ですが、洗礼は罪の赦しと神の子とされたしるしとして受けるものです。ではなぜ、罪のない神の独り子であるイエス・キリストは洗礼を受けられたのでしょう。第1に、それは後に従う者の模範となるためでした。第2に、この時、天がイエスに向かって開かれ、神の霊が鳩のように降り、天から父なる神の声が聞こえています。つまり、これから始まるイエスの宣教活動とは、父、子、聖霊、三位一体なる神の働きであることが明らかにされたと言うことです。さらに、神の子は、神の声を聞いて、神の言葉によって生きるということが、ここに教えられています。
マタイの福音書によれば、この直後、イエスは荒野に導かれ、サタンの誘惑に遭います。そのサタンとの対話の中で、イエスが最初に語った言葉は、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」という申命記8章の引用でした。これが新約聖書においてイエスが最初に発した言葉です。イエス自身、父なる神の口から出る言葉によって生きていたのです。イエスがバプテスマを受けた時に聞いた天からの声はこうです。「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。」
公生涯の初め、まだ一つの奇跡も説教もしていません。十字架もまだ先の話しなのに、「これは私の愛する子」と言ってくださる神の口から出た言葉によってイエスは生かされていたのです。イエスは、ただこの言葉を信じ、この言葉のうちにとどまり続けたのです。そして、私たちを招かれます。「父が私を愛されたのと〔ちょうど〕同じように私はあなたたちを愛した。・・・<私とともに父の愛のうちにとどまりなさい>。」「これはわたしの愛する子。」この愛を知って、ヨハネは叫びました。「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜ったことかよく考えてみなさい。わたしたちはすでに神の子なのである」と。

今年も教会のメンバーによるチェンバロコンサートツアーが始まります。今年は11ヶ所の教会を回ってくださることになっていますが、次の日曜日は仙台で最初のコンサートが開かれます。お近くの方、ぜひお出かけください。

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ホロコーストをとおして



今年は先週の木曜日が、ヨム・ハショア(ホロコースト犠牲者追悼日)、今週の木曜日がイスラエルの独立記念日になります。イスラエルの祝日はユダヤ暦で数えるので私たちのカレンダーとは日付がずれるのですが、毎年、この時期に、世界のユダヤ人青年を対象にした命の行進(The March of the Living)が行われます。かつて死の行進が行われた苦難の地を踏みしめ、600万の犠牲者の悲しみと連帯し、そこから命への道を歩み始める命の行進。昨年の研修旅行に続き、今年も教会のメンバーが参加しました。全体のツアーは、式典が持たれたポーランドに続いて、杉原さんがユダヤ人を救ったリトアニアに入っていますが、ポーランドだけのグループは先週末に帰国しています。
今年はイスラエルの独立70年、二千年の流浪の歴史の終止符を打ち、悲願の建国を果たした背後に、ホロコーストという大きな犠牲があったことを忘れてはなりません。また神の預言とその深い御心を覚え、聖イエス会の存在の意義を確認する時にしたいと願っています。
1948年5月14日(その年のユダヤ暦でヤイールの月の5日)、安息日の前夜、テルアビブ博物館に集まった人々を前に、初代首相デイビッド・ベングリオンが独立宣言文を読み上げました。「ここにイスラエル国の独立を宣言する。近年ユダヤ人に降りかかったホロコーストは独立国家の必要を明らかにした。イスラエルの全能なる神を信じ、この宣言に署名する。」この時を待ちかねた世界中のユダヤ人が歓声と共に国家となる「ハティクバ」を歌いました。それは、大槻牧師が1938年(昭和13年)1月9日、神との出会いに続き、神のビジョンを受けて満10年目のことでした。しかし、聖イエス会が最初のイスラエル人に出会うためには、それからなお14年の歳月を必要といたしました。

昨日はここまで話した後、春の聖会で紹介していただいた聖イエス会が最初に出会ったイスラエル人、A先生の声を映像をとおして聞いていただきました。この出会いが聖イエス会と「アニーマアミン」との出会いでもあったことに感動を新たにしました。

今週も大切なことを大切に。

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