その方が来れば



ヨハネによる福音書の16章を学び始めましたが、イエスがいなくなると語られた上に、襲いかかるであろう憎しみと迫害の予告を聞き、弟子たちの心は動揺し、悲しみで満たされました。「あなたがたの心は悲しみで満たされている」とある通りです。しかし、イエスはもっと大局を見ておられました。「しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者(ギリシャ語では「パラクレートス」、詳訳聖書によると「慰め主〈助言者、助け主、弁護者、とりなす者、激励者、援助者〉」)はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。」ここから聖霊の働きについての大切な教えが始まります。
「その方が来れば、罪について、義について、また裁きについて、世の誤りを明らかにする。」続く節で、罪、義、裁きについて、それぞれ短い言葉で説明がなされていますが、少し難解な部分です。聖霊の聖霊たる働きとは何でしょう。聖霊は罪を示します。ここで言う罪とは不信仰という罪です。罪とは「的を外す」という言葉ですが、人生の真の目的と目標である神という的を外すことが罪の根です。聖霊はその罪を明らかにし、さらに義を示します。神の義とはイエス・キリストのことです。イエスは十字架と復活、昇天により、父なる神のもとに昇られますが、このイエスを信じることによって、私たちは神の前に義とされるのです。さらに聖霊は裁きについて世の誤りを明らかにします。世の支配者であるサタンは、十字架上でキリストが息を引き取り、墓に葬られたのを見た時、イエスと共に人類の救いという神の救済計画を葬ったと笑みを浮かべましたが、三日目の朝、神はイエスの復活という最後の一手を打ち、この勝負は神の大逆転勝ちで終わったのです。聖書は言います。「『死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。』わたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜る神に感謝しよう」と。この言葉がある限り、主の御名を呼び求める者は、だれでも救われるのです。

先週末、教会のメンバーが天国に移籍されました。今日と明日、葬儀がもたれます。主の慰めと平安を祈りつつ。

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父となるため



イエスが父なる神について語られた代表的なメッセージは、ルカ福音書15章、放蕩息子の父の物語です。
二人の息子を持つ父がいました。弟の方が、父に財産分与を願い出ます。父の存命中に相続を願うとはどうしたことでしょう。英語の聖書では、弟の言葉が「Now I want」とか「Give me」とか、たいへん強い調子で訳されています。それでも父は何も言わずに二人に財産を分けてやります。すると弟は「何日もたたないうちに」、それを全部お金に換えて、「遠い国」に旅立ってしまいました。「遠い」とは、物理的な距離というよりも、精神的な距離を表しています。ここに登場する父とは、父なる神を指していますから、父を離れることは、神から離れるということになります。ユダヤの教えでは、このように家を飛び出し、異郷の文化、習慣に染まった息子を「死んだ息子」と呼びましたが、彼は罪のうちに死んだものとなったのです。
湯水のように金を使い果たした後、厳しい試練が彼に臨みました。その地方にひどい飢饉が起こり、貧困と飢えが彼を悩ませました。彼は豚のえさで腹を満たしたいと思うほど空腹でしたが、この辛い辛い経験を通して、彼は我に返り、本心に立ち返って言います。「父の家に帰ろう」と。父の家に背を向けていた放蕩息子が、父の家に向きを変えたこの時、この物語はクライマックスを迎えます。
父は放蕩息子がまだ遠く離れていたのにも関わらず、息子の姿を見つけるや否や全速力で走り出しました。当時の男性、特に父親にとって、人前で走るというのは恥ずかしいこと、威厳を損なう行為と考えられていました。親父としての体面や沽券に関わる問題だったのです。走るためには、長いローブを腰まで捲くり上げないと走れないわけですから、それはタブー中のタブーでした。それでも父はなりふりかまわず、泥まみれの息子を目指して、一目散に走ったのです。
愛する息子を目指して、全速力で走る父の姿。こんなに美しい場面は、聖書のどこを探しても他に見出すことはできません。なぜ神は走られたのでしょうか。私たちの父となるためです。
父なる神は、今日も走る準備をして待っているのです。屈伸をして、靴紐を結び直して、あなたに「おかえり」と言うために。ふり返って父の家にあなたが向き変えるなら、ほらもう神様が走り始めています。

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アッバ、父よ



主の祈りは、「天におられるわたしたちの父よ」という、愛と信頼に溢れた神への親しい呼びかけで始まります。放蕩息子の物語ではありませんが、「わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません」というのが、かつての私たちの姿でした。にもかかわらず、神はイエス・キリストの十字架によって、私たちの罪を永遠に贖い、神の子としてくださいました。ですから、私たちはためらうことなく神を「父よ」と呼んでもよいのです。聖書に、「あなたがたが子であることは、神が『アッバ、父よ』と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります」と書かれているとおりです。
よく紹介する『日本人に贈る聖書物語』には、主の祈りが教えられた場面が次のように描かれていました。「弟子たちは早速、その祈りを実行に移した。初めて『父よ(アバ)』と呼びかけた日、ペトロは感動の余り泣き伏した。心配した仲間の弟子たちがペトロのそばにより、どうしたのかと問うと、ペトロは鼻をすすりながらこう答えた。『俺は今まで、天の父をこれほど近くに感じたことがなかった。まるで、父の暖かい両腕に抱かれているような思いになった。ああ、アバ、アバ、アバ、アバよ。』」
ある宣教師がこう言いました。「祈りの中でまずしなければならないことは、神に抱かれることです。神の懐に抱かれれば、他のものはすべて自然について来るのです。神に抱いていただきなさい。あなたのすべてをおゆだねしなさい。そうすれば、神はあなたに祈りをそそがれます。その祈りは神の祈り、神がお答えになるしかない祈りになるのです。」
だから、こう祈りなさい。「天におられるわたしたちの父よ! 父よ! 父よ! 御名が崇められますように。」

今朝、大阪で大きな地震がありました。
今週も大切なことを大切に。

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ワレラノムネ アナタノムネト オナジ

長崎巡礼

先月、ユネスコから、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を世界遺産に登録するという勧告が出され話題になりました。250年に渡る禁教政策の中で、潜伏キリシタンの生き方が評価されたということです。この歴史的な「信徒発見」の舞台となるのが長崎の大浦天主堂です。黒船の来航によって、開国が迫られる中、幕府がフランスとの国交を結んだことによって、数名の宣教師が日本に入ってきました。それはまだ大政奉還がなされる前、キリシタン禁令の時代です。秀吉のバテレン追放令から280年、家康の禁教令から250年の月日が流れていました。
今年の大河ドラマは西郷隆盛(西郷どん)、そろそろ坂本龍馬も登場してくるようですが、彼らが活躍した時代のことです。龍馬が貿易商社の亀山社中(のちの海援隊)を設立したのが1865年、その同じ年の2月にプチジャン神父が中心となって、亀山社中のすぐそばに大浦天主堂(日本26聖殉教者天主堂)が献堂されました。天主堂とは、カトリックの聖堂を中国風に呼んだもので、異国風の建物に長崎の人々は目を奪われ、当時の人々はそれをフランス寺と呼びました。
教会を建てるにあたって プチジャン神父には一つの願いがありました。多くの殉教者の血が流された長崎にはきっと信者の種が残っているにちがいない、教会ができれば、きっとすぐにでも名乗り出てくるだろうと期待していたのです。ところが献堂式の日にはだれも姿を見せませんでした。
1ヶ月が過ぎた3月17日の昼下がり、教会の前に10数名の男女の農民がやってきました。プチジャン神父は、ただ好奇心で教会を見物に来た人とは何か違うものがあると感じ、彼らを天主堂の中へと導き入れました。彼らは物珍しげに、きょろきょろしながら天主堂の中に入りました。そして聖堂の中にも窓の外にも、役人らしい人影がいないのを確認すると、ひとり婦人が胸に手を当てて神父にこうささやきます。「ワレラノムネ アナタノムネトオナジ(私たちはみな、あなたさまと同じ心でございます)」。この言葉を耳にした時の プチジャン神父の驚きと喜びはいかばかりだったでしょう。このとき250年間地下に潜伏していた日本のキリシタンたちが復活したのです。
250年7代にも渡る、長く厳しい禁教下で、その信仰は親から子へ、子から孫へと密かに、しかし確かに受け継がれ、そのともし火は消されることなく、灯され続けていたのです。この驚くべき「信徒発見」、潜伏キリシタンの信仰が、この度、世界遺産に登録されようとしているというのです。信仰とは、永遠の命とは、それほど尊いものなのです。
イエスは言われます。「たとえ、全世界をもうけても、永遠のいのちを失ってしまったら、何の得になるでしょう。いったい、永遠のいのちほど価値のあるものが、ほかにあるでしょうか。」「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命をえるためである。」

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永遠なるもの



ニューヨークタイムズに、ひとりの農夫からこんな投稿がありました。
「自分の隣の農場の経営者はクリスチャンで、毎週教会に行っている、毎日お祈りしている、聖書も読んでいる。一方、私は神を信じていない。教会には行かないし、聖書も読まないし、お祈りもしない。今年も収穫の時期が来たが、彼の家の収穫と私の家の収穫を比べると、私の家の方がずっと多かった。それでも神を信じる必要があるのだろうか。」
ニューヨークタイムズの編集者は、その投稿を載せ、次のようなコメントを追加したそうです。
「その通りかも知れません。しかし、人生の清算が、この地上だけで終わると思わない方がいいですよ。」
この地上では、神を知らない人でも楽しそうにやっていることがあります。実際にそう見えます。クリスチャンよりも、そうでない人の方が、もっと成功しているように見えることもあります。でも、覚えておきたい大切なことは、やはり人生の清算は、この地上だけで終わるのではないということです。これは聖書が教える世界観や人生観です。目先の幸せも無視できないかも知れませんが、それでも目に見える現実だけがすべてではなく一時的なものだとしたら、私たちの目を永遠なるものに向け、もっと永遠なるものについて語るべきではないでしょうか。

今週も大切なことを大切に。

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孤立と埋没



神の願いは、私たちがこの世にあって、キリストの証人として生きることです。イエスの約束です。「わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者(パラクレートス)、すなわち、父のもとから出てくる真理の霊(聖霊)が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。あなたがたも・・・証しをするのである。」「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」
クリスチャンが陥りやすい2つの傾向があると言われています。それが「純粋の孤立」と「妥協の埋没」です。前者は、信仰の純粋性を守ろうとする余り、いつのまにか周りから煙たがられて孤立してしまうことであり、後者は、この世と上手く付き合おうと妥協する余り、いつの間にかこの世に埋没してしまうことです。しかし、神の願いは、私たちがこの世から孤立するのでも、埋没するのでもなく、「地の塩」として「世の光」として、ある時は目立たず、ある時は大胆に生きることなのです。
使徒言行録1章8節の「わたしの証人(マルテュス)」という言葉には、殉教者という意味があると教えられていますが、いま、教会の最初の殉教者となったステファノのことを考えてみましょう。彼は使徒ではなく、エルサレム教会の一信徒でした。彼から学ぶ、キリストの証人の特色の第一は、聖霊に満たされていることです。ステファノに関する記事は、使徒言行録の6章と7章に集中していますが、聖霊に満たされた人という表現が4回も出てきます。「信仰と聖霊に満ちている人ステファノ」とあるとおりです。
彼らから学ぶ、キリストの証人の特色の第二は、彼が輝いた顔をしていたことです。言葉だけではなく、彼は顔でキリストを証ししたのです。ステファノがエルサレムの議会に証人として立った時、「席についていた者は皆、ステファノに注目したが、その顔はさながら天使の顔のように見えた」とあるとおりです。ちょうどモーセが神と顔と顔とを合わせて語ったので、その顔が光り輝いていたように、ステファノも内におられるキリストをいつも見ていたので、その顔が輝いていたのです。それだけではありません。彼は、神の右に立つ栄光のキリストを見ていたのです。この世にはたくさんの戦いがあるかも知れません。しかし、ステファノが見たもう一つの現実があることを忘れてはいけません。「ステファノが聖霊に満たされ、天を見つめていると、神の栄光が現れ、イエスが神の右に立っておられるのが見えた。そこで、彼は言った、『ああ、天が開けて、人の子が神の右に立っておいでになるのが見える』」と。
「こういうわけで、わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。」イエスから目を離さないでいなさい。

今日から6月です。次の日曜日は、教会の婦人会(マリア会)のミニ修養会が行われますので、礼拝はそちらに合流します。6月のオープン礼拝は第2週の10日です。


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葛藤



十字架の前夜、最後の晩餐が終わった後、弟子たちに語られたイエスの最後の教えが続きます。ゲッセマネの園に向かう道すがら、「ぶどうの木の譬え」が語られましたが、枝として選ばれた目的が述べられた後、キリストと弟子たちとの関係から、この世と弟子たちとの関係に話題を移します。キリストと弟子たち(私たち)の関係は、ぶどうの木と枝のつながりであり、友という言葉でも表現されました。では、この世と弟子たちの関係はどうでしょう。「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい。あなたがたが世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だが、あなたがたは世に属していない。わたしがあなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである。」この後の部分も含めて言えば、この世にあって、キリストのように生きたいと願うクリスチャンの感じる葛藤や違和感の理由がここに語られています。
「世」という言葉がくり返し使われていました。ギリシア語の「コスモス」という言葉ですが、ヨハネ福音書に77回、特に13章から17章まで、イエスの最後の教えの中に44回もくり返し出てくる言葉です。おおよそ3つの意味がありますが、文脈によってその意味を見分ける必要があります。第一に、宇宙という意味です。それは神が秩序と調和をもって創造され美しい世界のことです。コスメ(化粧)という言葉はここから来ています。第二に、宇宙の中で最も大切なこの地球に住む人類のことです。ヨハネ福音書3章16節で「世を愛された」と言われている使い方です。そして、第三に、神に敵対する世界、勢力のことで、ヨハネ福音書の多くは、この意味で使われていることになります。
神の選びが、聖書の教える人生観とするなら、神が支配する神の王国と「世の支配者」であるサタンが治める闇の王国との対立は、聖書の教える世界観です。クリスチャンになれば、すべてがハッピーになるかと言えば、そうではありません。世の支配者が治め、多くの人が神を信じていない世界の中で、クリスチャンとして生きるのには、多くの戦いがあります。聖書を学び、クリスチャンとして成長すればするほど、葛藤(争いやもつれ)を感じ、違和感(不自然さ)を感じるのです。
イエスの言葉の通り、クリスチャンは、闇の王国から神の王国に移されたという点で必然的に憎しみの対象となりました。しかし、これは、あなたが神に愛されているから、あなたが輝いているから、あなたが憎らしいと言われているのであって、私たちとしては本来責められるべきことではありません。
ペンテコステの後、使徒に対する迫害が始まりました。ユダヤの指導者たちは、イエスに対してしたように、ねたみに燃えて、使徒たちを捕らえました。そして、彼らを鞭で打ち、イエスの名によって話してはいけないと命じました。しかし、使徒言行録はそのときの弟子たちの心境をこう伝えています。「使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた」と。

今週も大切なことを大切に。

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教会になる



ビリー・グラハムがまだ若かった頃、アメリカの南部モンゴメリーで持たれたクルセードの講師として招かれた。モンゴメリーはキング牧師で有名な町だが、人種差別の激しい地域であったが、ビリー・グラハムは、このクルセードで、白人と黒人の席を分けることを拒否し、白人と黒人の合同聖歌隊を作ることを要望した。南部のメディアは、一斉に彼を批判し、新聞は「田舎者ビリー・グラハムは教会を100年前に戻すためにやって来た」と、でかでかと一面に載せた。しかし、クルセードの当日、ビリー・グラハムは大会衆とメディアを前にして一寸もひるむことなくこう語ったのだった。「私が教会を100年前に戻そうとしているなら、私の働きは失敗だ。私は100年前ではなく、2000年前に戻そうとしているのだから」と。ビリー・グラハムが説教の中でくり返した語ったワンフレーズがある。「But the Bible says(しかし、聖書は言っている)」だ。
ある人が言った。「教会に行く人は多いが、教会になる人は少ない。」教会とはキリストの体である。確かに、教会に通う人は多いかも知れないが、キリストの体なる教会になる人は少ないのではないか。昨日はペンテコステ(聖霊降臨記念日)、初代教会誕生の記念日だった。聖霊に満たされた初代教会のメンバーの活躍が使徒言行録に記録されている。2000年前の教会である。さあ、聖書に帰ろう。私は教会になりたい。「キリスト者はキリストのごとく、教会は使徒行伝のごとく。」

昨日の礼拝は、青年大会の報告集会だったが、礼拝後、Mさんのチェンバロコンサートの報告、命の行進に参加されたMさんの報告、所用で名古屋の礼拝に出席していたKさんから、来月に迫った合唱団のコンサートツアーの祈りのリクエストがあり、充実した時間を持たせていただいた。
今週も大切なことを大切に。

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御名御璽



「わたしの名によって父に願うものは何でもあたえられるように」。
イエスの名によって祈る祈りは、イエスの祈りとなります。王の名と王の印について、エステル記には興味深い言葉があります。クセルクセス王は、自分の指輪(王の印)をモルデカイに与えて、エステルとモルデカイに言いました。「お前たちはよいと思うことをユダヤ人のために王の名によって書き記し、王の指輪で印を押すがよい。王の名によって書き記され、王の指輪で印を押された文章は、取り消すことができない。」同じように、私たちがイエスの名を呼んで、「イエス・キリストの御名によってお祈りします」と印を押す時、それは私の祈りではなく、イエスの祈りとなるのです。
ところが、私たちはそれを知らないで勝手なことを願い、何も叶えられないと嘆くことが多いのです。「願うものは何でも与えられる」と言っているのに、なぜ?。・・・次第に神に失望し、祈りが遠ざかってしまうこともあるかも知れません。イエスは、弟子たちから「わたしたちにも祈りを教えてください」と乞われ、大切な「主の祈り」を教えられた後、真夜中に「友よ、パンを貸してください」としつように願う人の話しをされ、次のように言われました。「求めなさい。そうすれば、与えられる。捜しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」と。ですから、私たちもイエスの名によって、祈り求め続けましょう。次の日曜日はペンテコステ(聖霊降臨記念日)、先ほどのイエスの言葉の最後は、「まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる」ということでした。期待し、求め続け、天の門をたたき続けましょう。
学生の頃に聞いたエステル記のメッセージで「御名御璽(ぎょめいぎょじ)」という言葉を教えていただいたことがありました。御名とは王の名、御璽とは王の印という意味です。王の名を持って書き、王の指輪をもって印された書はだれも取り消すことができないと言うことです。それが王妃エステル、キリストの花嫁に与えられました。これを人々の幸せのために、エルサレムの平和のために使わせていただきましょう。

次の日曜日はペンテコステ(聖霊降臨記念日)の礼拝です。

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この時のためにこそ



「お父さん、・・・お父さんが牧師になってあの教会に行ったのは、この時のためだったと私は思うよ。」
東日本大震災の直後、ある牧師は娘さんからこんなメールを受け取り腹をくくったと証ししていました。
「これが私の人生だ。これが私の舞台。やるだけやろう」と。

みなさんは旧約聖書に登場するエステルの物語をご存知でしょうか。聖書は66巻からなりますが、女性の名前が付けられている書が2つあります。ルツ記とエステル記です。どちらも短い書物ですが、神の選びとその目的について深い内容を含んでいます。
エステルの物語。時は紀元前480年頃(キュロス王の勅令によりバビロンからエルサレムに帰還した人々によって第二神殿が建てられていく時代)。舞台はエルサレムから1500キロも離れたペルシア帝国の首都スサ。時の王クセルクセスは、帝国の栄華を誇示するため、インドからアフリカに至るまで、127州すべての支配者を集め、180日に及ぶ宴会を開きました。その席で、酔った王は王妃ワシュティの美しさを見せるために彼女を呼び出しました。歴史家たちは、王妃は王冠以外の何も身に着けずに出てくるように命じられたと言っています。それを断った王妃は位を剥奪され、王宮から追放されてしまいました。
それから2年、新しい王妃を選ぶためにミス・ペルシア・コンテストが開かれ、若きエステルが王妃として選ばれます。幼い時に両親を失った孤児であるエステルは、いとこのモルデカイに引き取られて育てられました。そんな彼女にとって、これはシンデレラストーリーです。
クセルクセス王の次に帝国で権威を持っていたのが、首相のハマンです。彼は権威と力を愛し、ペルシア帝国のすべての住民が自分の前にひざまずくことを求めました。しかし、皆がひざまずく中で、あのモルデカイだけが彼を拝みませんでした。理由を問われたモルデカイは、自分は神を信じるユダヤ人であって、神以外の何ものをも拝まないと答えます。そこで怒り狂ったハマンは、王をだまし、ペルシア帝国中のユダヤ人を根絶する法律を作り執行します。歴史家によれば、当時、ペルシア帝国全土にユダヤ人が1500万人いたと言います。ヒトラーによるホロコーストが600万人ですから、倍以上のユダヤ人の命が死の危険にさらされたことになります。
モルデカイは、ユダヤ人撲滅の命令が出された時に、すでに王妃であったエステルにそれを知らせ、王に頼んでその法律を取り消してもらうようにと進言しました。しかし、王妃とは言え、王に呼ばれていないのに、王の庭に入ることは許されていませんでした。もし、許しなくそこに入るなら、王妃であっても死を免れません。ただ、王が金の笏を差し伸べられる場合のみ、その者は死を免れます。
若きエステルは、スサにいるすべてのユダヤ人に三日間の断食を願い、三日後、決死の覚悟で王の庭に立ちます。エステルは神の御心に従わずに生き延びることよりも、神の御心に従って死ぬことを選んだのです。王は王の庭に、ロイヤルドレスを身に着け、背筋をピンと伸ばし、使命に燃えて立つエステルを見て驚きます。王は手にしていた金の笏をエステルに向かって伸ばし、彼女はそれに触れました。
聡明なエステルは王とハマンを呼んで二晩に渡って宴を催します。二日目、エステルは、「私の命と私の民族の命をお助けください」と王に訴え、自分がユダヤ人であること、ユダヤ人絶滅の命令を出したのがハマンであることを王に告げました。こうして、ユダヤ人絶滅計画がギリギリのところで食い止められたのです。このユダヤ人救済を記念して祝われるのがエステル記を起源とするプリムの祭りです。

ところで、エステル記には、エステルの名前が56回も、そしてモルデカイの名前が、それ上回る61回も出て来ますが、一度も出て来ない名前があります。それは神です。エステル記には、「神」という文字が一度も出て来ません。これはエステル記を聖書の正典として認めるか否かという時にも問題になりましたが、たとえ神という文字が無くても、エステル記ほど、歴史を動かし、支配しておられる神の指が現されている書は他にないという結論に達しました。
もし神がおられるのなら、どうしてこのような事が起こるのか、答えが見えなくて苦しんでいる人がいるなら、エステル記は、私たちの人生のハッピーエンドを知っている目に見えない神がいることを私たちに伝えます。
あの絶体絶命の危機の中、モルデカイはエステルに伝えました。「他のユダヤ人はどうであれ、自分は王宮にいて無事だと考えてはいけない。この時にあたってあなたが口を閉ざしているなら、ユダヤ人の解放と救済は他のところから起こり、あなた自身と父の家は滅ぼされるにちがいない。この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか」と。
それに対するエステルの答えです。「早速、スサにいるすべてのユダヤ人を集め、わたしのために三日三晩断食し、飲食を一切断ってください。(これは単なる願掛けではなく、決死の祈りです。)わたしも女官たちと共に、同じように断食いたします。このようにしてから、定めに反することではありますが、わたしは王のもとに参ります。このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります。

選びの目的の第一は、枝として実を豊かに結び、その実がいつまでも残ることです。私たちが結ぶべき実には、いくつもの意味がありますが、渡辺和子先生の言葉によれば、「咲く(実を結ぶ)ということは、仕方がないと諦めることでなく、笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすること」です。エステルは、自分の幸せだけではなく、人々の幸せのために、「この時のためにこそ」という神の選びと神の時に身を委ねたのです。私たちも誰かの幸せのために、神の選びと神の時に身を委ねようではありませんか。

今日は長くなりましたが、最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今週も大切なことを大切に。

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