主イエスを信じ

リハーサル
今日の祈祷会で開かれた聖書箇所です。主イエスを信じさせていただいたことを、心から感謝します。今日は日曜日のクリスマス礼拝のために祈り込みました。

こういうわけで、わたしも、あなたがたが主イエスを信じ、すべての聖なる者たちを愛していることを聞き、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こし、絶えず感謝しています。---エフェソの信徒への手紙1の15〜16

イエスはヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」---マタイによる福音書2の1〜2

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あなたの救いを見た

今日の祈祷会のみことばです。私たちのために生まれ、私たちに与えられたみどりごイエスをこの胸に抱きしめることができますように。

そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。
「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」
---ルカによる福音書2の25〜32

次の日曜日は洗礼式と聖餐式が行われます。良き備えができますように。

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神の栄光の賛美

キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。それは、以前からキリストに希望を置いていたわたしたちが、神の栄光をたたえるためです。あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。この聖霊は、わたしたちが御国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです。---エフェソの信徒への手紙1の11〜14

今週の祈祷会もエフェソの信徒の手紙から学びました。ここ数回の復習にもなりますが、ここに「神の栄光をたたえる」との言葉が2度くり返されます。神の創造の目的も、救いの目的も、それは私たちが神の栄光の賛美となることなのです。

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保証

この聖霊は、わたしたちが御国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです。
---エフェソの信徒への手紙1の14

今週の祈祷会も「パウロ神学の核心」から、エフェソの信徒への手紙の続きを学びました。御国を受け継ぐ保証である聖霊の証印を心からあがめます。
ちなみに詳訳聖書ではこんな感じで訳されています。「このかた〔み霊〕は、私たちの嗣業の保証〈初穂、担保、前もって与えられる経験、私たちの受け継ぐものの手付け金〉であり、完全な贖い〈贖いの〔完全な〕所有〉を予期させ、神の栄光を賛美させるのです。」ハレルヤ!

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聖霊の証印

今日の祈祷会も「パウロ神学の核心」からエフェソの信徒への手紙を学びました。先週と同じ聖書箇所ですが、「聖霊で証印を押された」の部分を中心にお勧めがありました。聖霊の印には神の名が記されていること。印は所有を示し、印は実物を複写すること、さらに印は契約の保証であることを教えられました。信仰によって、心の核心に印された神の御名、聖霊の証印を心から崇めます。

あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。---エフェソ1の13

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救いをもたらす福音を聞き

あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。---エフェソ1の13

今日の祈祷会も「パウロ神学の核心」から、エフェソの信徒への手紙を学びました。「あなたがた」とは、異邦人クリスチャンを指し、12節の「以前からキリストに希望をおいていたわたしたち」ユダヤ人クリスチャンと対比されています。かつてはキリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束された契約と無縁のものであり、神なく望みなくさ迷っていた異邦人が、キリストにおいて、聖霊の証印を押され、神の栄光をたたえる存在となるというのです。何という驚くべき恵みでしょう。
今日の箇所には、そのプロセスが簡潔に段階的に記されていす。それは私自身も通ったプロセスです。あの日あの時、救いの福音を聞きました。信じました(と言うより「信じさせていただいた」というのが実感です)。そして、ついに約束された聖霊で証印を押されたのです。
今日はそのことを確認させていただきながら、教会がなすべきことが何であり、与えていくべきものが何であるのかを学ばせていただきました。

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御旨の欲するままに

今日の祈祷会は8日の日曜日にもたれる教区聖会のために祈り込みました。
今日の聖書箇所はエフェソの信徒への手紙1章11、12節です。パウロ神学の核心から学びました。口語訳で味わいましょう。

わたしたちは、御旨の欲するままにすべての事をなさるかたの目的の下に、キリストにあってあらかじめ定められ、神の民として選ばれたのである。
それは、早くからキリストに望みをおいているわたしたちが、神の栄光をほめたたえる者となるためである。

「御旨のままに」そこには全知全能、至善至愛の神のご配慮というものが十分に込められているのだから、神の御旨はいつも私たちにとって最善なのです。ですから、私たちは「自分の意志を実現してください」と自分を押し通すのではなく、「神よ、あなたの御旨を実現してください」と祈るべきなのです。主よ、私たちを全部愛に変えてください。私たちの内面を全部キリストに変えてください。

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成し遂げられた

今日の祈祷会も秋期聖会のメッセージをDVDで学ばせていただきました。

イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。---ヨハネによる福音書19の30

マタイ、マルコ、ルカの福音書には、主が十字架上において、「成し遂げられた」と叫ばれた瞬間、エルサレムの神殿の聖所と至聖所とを隔てる幕が、上から下に真っ二つに裂けたと記しています。神殿の中の最も聖なる場所である至聖所、ただ大祭司だけが、全イスラエルの罪を贖うため、一年に一度、いけにえの血を携えて入ることができた至聖所。その至聖所と聖所とを隔てる幕が、上から下まで真っ二つに裂けたことは、すべての人が神に至る道が開かれたということなのです。
パウロはこの事実をローマの信徒への手紙の中でこう表現しました。「肉の弱さのために律法がなしえなかったことを神はしてくださったのです」と。

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わたしは渇く

この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。---ヨハネによる福音書19の28

今日の祈祷会も秋期聖会のDVDを見させていただきました。
メッセージは、この半年の間になされた目を見張るような主の御業から語り始められました。神の時を感じるこの時、主は私たちを十字架へと導き、その言葉に耳を傾けるようにと迫ってくださいました。
「わたしは渇く!」なぜ十字架の上でキリストはただ渇きを訴えられたのでしょうか。聖アウグスチヌスがこう言っています。「キリストは人々から渇かれることに渇かれたのである。」深い言葉です。
マザー・テレサが霊的遺言の中でこう記しています。「イエスの渇きこそは『神の愛の宣教者会』の存在する目的であり、すべての活動の目的なのです。なぜこの会が存在するのでしょう。わたしたちはイエスの渇きを潤し、キリストの人々への渇きを宣言するために存在しているのです。」
ノーベル平和賞を受けたテレサの働きは単なるヒューマニズムではなく、十字架の主の叫びを聞き続けた霊性から出たものだったのです。

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契約更新

今日の祈祷会は、先日京都でもたれた秋期聖会から、特別ゲストの集会の様子を見させていただきました。ヘブライ大学の前総長であるG先生は、「私たちは永遠の絆で結ばれている。その永遠の契約を更新しましょう」と話してくださいました。契約には責任が伴うものです。目に映る華々しさに心を奪われて有頂天にならず、果たすべき責任を果たしつつ、この絆を永遠に続くものとしていただきたいです。

何とかしめ切り前にデボーションガイドを書き上げることができました。今回の担当は歴代誌でした。この書は、捕囚から帰還した民が、自分たちが神の民であるというアイデンティティを失う危機に直面したときに書かれました。イスラエルの民はこの書によって、過去とのつながりと神の民としてのアイデンティティを取り戻していったのです。その壮大さは、アダムにまでさかのぼる系図を見ればわかります。
今朝の集会に出ていて、ダビデがソロモンに語った言葉が心に迫ってきました。
「わたしの子よ、今こそ主が共にいてくださり、あなたについて告げられたとおり、あなたの神、主の神殿の建築を成し遂げることができるように。・・・勇気をもて。雄々しくあれ。恐れてはならない。おじけてはならない。・・・立ち上がって実行せよ。主が共にいてくださるように。」---歴代誌上22の11〜16

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