味方か、敵か



今日は先週の土曜日の記事の続きです。青年宣教セミナーの派遣の集会で語らせていただいたお勧めから。
ヨシュアに導かれてヨルダン川を渡ったイスラエルの民の前に立ちはだかったのは、難攻不落の要塞都市エリコでした。エリコ陥落のストーリーはヨシュア記の6章に詳しく記録されていますが、その直前にヨシュアが見たものが、5章の終わりに記されています。

5:13 ヨシュアがエリコのそばにいたときのことである。彼が目を上げて、見ると、前方に抜き身の剣を手にした一人の男がそこに向かって立っていた。ヨシュアが歩み寄って、「あなたは味方か、それとも敵か」と問いかけると、
5:14 彼は答えた。「いや。わたしは主の軍の将軍である。今、着いたところだ。」ヨシュアは地にひれ伏して拝し、彼に、「わが主は、この僕に何をお言いつけになるのですか」と言うと、
5:15 主の軍の将軍はヨシュアに言った。「あなたの足から履物を脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である。」ヨシュアはそのとおりにした。

ヨシュアは、抜き身の剣を手にした主の軍勢の将に出会いました。彼は将軍(Commander)ですから、戦いの責任者であり、最高司令官です。彼はすでに鞘から抜かれた剣を高く掲げ、戦いの準備ができていました。ヨシュアは震えおののきながら、「あなたは味方か、それちも敵か」と尋ねます。彼の答えは、「No! 私はあなたの敵でも味方でもない。私は主の軍勢の将として来たのだ。あなたは私の側につくのか。それとも私の敵の側につくのか」というものでした。
アメリカの第16代大統領アブラハム・リンカーンが大統領に就任後間もなく、南北戦争が開戦します。リンカーン率いる北軍は劣勢が続きましたが、神の助けにより、メリーランド州のアンティータムの戦いで初勝利をあげました。リンカーンはその知らせを受け、その場所を訪問し、兵士一人一人と握手をして彼らの士気を高めました。その時のことです。そばにいた参謀がこう言いました。「閣下!これからは何も心配なさらないでください。神様は私たち北軍の味方です」と。しかし、リンカーンは次のように答えました。「私の心配は、私が神の側に立っているかどうかと言うことだ。私たちが神様の側に立ってさえいれば、いつでも神様は私たちの味方となってくださるだろう。」
日本のクリスチャン人口は1パーセントと言われ続けています。エリコの牙城にもまさる難攻不落の要塞です。しかし、ヨシュアが見たこの素晴らしい現実を見ることができるなら、私たちは福音の力によって、この要塞を占領することができるでしょう。問題は、私たちが神と共にいるかどうかということです。さあ、目を上げて、主の御声に従いましょう。

黎明合唱団の北米ツアーは、日本時間で今朝、サンアントニオでのコンサートを終え、この後、マイアミ、トロント、ニューヨークと続きます。合唱団には、青年宣教セミナーに参加してくれたメンバーも7名含まれています。ヨハネ会のみなさん、祈りをもって応援してください。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

ヨシュアへ



今日は青年宣教セミナーの派遣集会で語らせていただいたお勧めからです。

偉大なモーセの後継者として、イスラエルの民を約束の地へと導くヨシュアに語られた主の言葉は、ネクストジェネレーションへの祝福の言葉でもあります。それは感動と驚きの約束です。
「わたしはあなたたちの足の裏が踏む所をすべてあなたたちに与える。・・・わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。・・・ただ、強く、大いに雄々しくあって、わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する。・・・あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる。」(ヨシュア1の3-9)
そのヨシュアに導かれてヨルダン川を渡ったイスラエルの民の前に立ちはだかったのが、難攻不落の要塞都市エリコでした。エリコ陥落のストーリーは6章に詳しく記録されていますが、その直前にヨシュアが見たものが、5章の終わりに記されています。ぜひ、聖書を開いてお読みください。続きは来週です。

明日も名古屋教会の礼拝では山上の説教の「八つの祝福」からメッセージを語らせていただきます。御言葉を待ち望みつつ。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

まだ終わっていない



青年宣教セミナー一日目の夜光景。私は十字架のメッセージを語らせていただいた。あの日、そこにいた誰もがよく知っているメッセージだったにちがいない。しかし、多くの人が涙を流しながら、メッセージに耳を傾けてくれた。ここ数日、私のところに寄せられてくるセミナーの感想文の多くに、この集会のことが書かれている。私にとっても、忘れられない集会になった。
私が伝えたかったことは、十字架のストーリーはまだ終わっていないと言うことだった。光と影の絵師と呼ばれるレンブラントは「三本の十字架」という作品の片隅に、自画像を描いている。それが彼のサインだった。私はあの日、そこに立っていたという・・・。彼にとって十字架は過去の出来事ではなく、いま自分の目の前で起こっている私のためのストーリーだったのだ。私のための十字架だったのだ・・・。
十字架こそ、神様のなさった史上最大のMake WOW!ではないだろうか。その驚きと感動を失ってしまったなら、もはやクリスチャンではあり得ない。そして、宣教とはこの驚きと感動をストレートに伝えることなのだ。その人の資質が問われているのではない。単なる戦略でもない。
キリストと共に十字架にかけられ、パラダイスを約束された一人の囚人がいた。地獄行きが決定していたような存在であった。そんな彼がただキリストの十字架を仰いだだけで、瞬間的にパラダイスへと引き上げられていく。十字架のメッセージは、まさに神の力だ。キリストの十字架を通して最初に救われた彼ほど幸せな人がこの地上にいるだろうか。しかし、彼のうちにはひとつの後悔があったのではないだろうか。自分の口でその救いを語り伝えることができなかったという後悔が。感謝なことに、私たちにはまだそれが許されている。さあ、大きな驚きと感動をもって、十字架のストーリーを語り続けよう。「十字架の言葉は、・・・神の力です」(汽灰螢鵐1の18)と。

今日の写真は大阪は吹田市にあるシオン教会での礼拝の風景。現在の教会が献堂されて今年で20年になるそうです。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

礼拝の心




英国のワーシップリーダーであるマット・レッドマンは、彼の教会の牧師がその会衆に、どのように礼拝の本当の意味を教えたかについて語っている。礼拝とは音楽以上のものであることを示すために、牧師はある一定の期間、礼拝において歌うことをいっさい禁止した。その間、会衆は他の方法で礼拝することを学んだ。この期間の終わりに、マットが書いた曲が「The Heart Of Worship(礼拝の心)」だ。


ただ行こう 静寂のその先へ
喜びをあなたへと届けたい
あなたが求めてるのは形ではなく
私の心 深く探り
見つめてるから

心からの賛美へ帰ります
主イエスあなたへ
勝手な自分捨てて 帰ります
主イエスあなたへ


伝統的な賛美歌とプレイズソングとかワーシップソングとか呼ばれる現代的な賛美との大きなちがいは、神への呼びかけにあると言われている。かつては「神をほめよ」「主をほめよ」と畏敬の念をもって偉大な神を賛美していたが、今は「あなたをたたえます」と歌う。個人的な親しさ、この距離感こそがワーシップの神髄なのだ。さあ、荒れ野の奥、静寂の先へ導かれて行こう。

これは、礼拝について考えてもらうために、セミナーで話したいと思っていたエピソードです。時間の都合で話せなかったので、ここに書きます。明日は母の日。母なる教会で、感謝のうちに、心からの礼拝をささげましょう。

comments(1)  |  trackbacks(0)

edit  top

荒れ野の奥へ



モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使い現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。(出エジプト3:1-2)

出エジプト記の3章には、モーセの神体験が記録されている。偉大なモーセも最初から特別な人であったのではない。彼の生涯は波瀾に満ちている。ヘブライ人として生まれ、エジプトの王ファラオの息子として育てられたモーセ。強い正義感から誤って殺人事件を起こし、王宮を追われて逃亡者となったモーセ。貧しい羊飼いとなり、人目を避けて、荒れ野で羊を追いかけていたモーセ・・・。
彼の人生に転機が訪れた。その日も、彼は荒れ野で羊を追いかけていたが、そこで燃える柴を発見する。燃える柴の中から彼に語りかける声があった。「モーセよ、モーセよ」と。彼はそれとは知らずに、聖なる地に立っていたのだ。その名を尋ねるモーセに対し、神は「わたしはある」と答える。これがモーセの生涯を変えるミーティング・ポイントとなった。そして、感動と驚きの出エジプトのストーリーが始まっていくのだ。
聖書は、この出会いの場所を神の山ホレブと伝えているが、それは「荒れ野の奥」にあった。羊飼いのモーセにとって、荒れ野で羊を追いかける風景は日常の一部であったにちがいない。しかし、その一歩奥に神の山ホレブはあったのだ。神の山は、そして炎の中から聞こえた神の声は、モーセだけのものではない。私たちも今日、神の山(聖なる地)に招かれている。私たちの「MAKE WOW!」もそこから始まるはずだ。(青年宣教セミナーのオープニング集会より)

青年宣教セミナーの感謝なレポートが次々と届いている。私たちの信じている神は、信仰の父アブラハム以来、感動と驚きのクリエーターだ。昨日の祈祷会でも、全国に散らばって行った若者たちを通して、この国が変えられるような驚きと感動に満ちた宣教の働きが進められるように祈った。若さゆえの失敗も行き過ぎもあったかもしれないが、スマイルで主に仕え続けてほしい。

comments(1)  |  trackbacks(0)

edit  top

スマイル



GW、いかがお過ごしですか? 昨日の夜遅くに、セミナーに参加していたメンバーから電話があり、GWを利用して、今日から友人と被災地に入り、ボランティアをすると言うことでした。こういうGWの過ごし方もいいですね。彼女は、今回のセミナーで歌った「スマイル」という賛美を持って行きたいと話してくれました。セミナーで、この賛美を歌っているみんなの笑顔は最高でした。あの笑顔が被災地に届きますように。


Smile それはだれもが持っている宝物
Smile それは買うことも借りることもできない
Smile それがなくても生きて行けるほどの
強い人も 豊かな人も この世にはいない
神様がくれた すばらしい贈り物
幸せを運び 減ることがない
こみあげたあなたのSmile 悲しみは消え去る
あふれ出す最高のSmile 愛の輪が世界に広がる
Smileで主をほめたたえよう

ヨハネ会のメンバーの方は、ぜひFacebookのヨハネ会(yohanekai)のページをのぞいてみてください。「いいね!」もよろしく。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

ありがとう



今回の青年宣教セミナーも豊かな祝福のうちに終えることができた。主に感謝。いろいろな戦いがある中、もがきながらでも参加してくれたセミナー生たちに感謝。セミナー生を送り出してくださった教会に感謝。会場を提供してくださった先生方とセミナー生を温かく迎えてくださった信徒のみなさんに感謝。教会学校のおたのしみ会に集まってくれたこどもたちに感謝。そして、セミナーのために祝福を祈ってくださったみなさんに感謝。栄光が主にありますように。

昨日は、渋滞を避け、3時間半ほど車を走らせて、夜遅く名古屋に戻りました。荷物の整理をしながら、手元のカメラで撮ってもらった300枚ほどの写真をチェックし、担当したチームの証文に目を通しました。いつものことですが、個人的には反省も多いですが、みんなの恵まれた証に励まされます。
ヨハネ会のメンバーの方は、ぜひFacebookのヨハネ会(yohanekai)のページをのぞいてみてください。「いいね!」もよろしく。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

伝えたい!



青年宣教セミナー二日目、前半のプログラムを終え、午後から西宮にあるアンネのバラの教会と大阪にある5つの教会に青年チームが派遣されて行きました。十字架と復活のストーリーという感動と驚きを伝えるために。明日、午前の礼拝と午後の教会学校で青年チームがご奉仕させていただきます。お近くにお住まいの方がありましたら、ぜひお出かけください。

聖イエス会アンネのバラの教会 兵庫県西宮市甲陽園西山町4-7 0798-74-5911
聖イエス会しののめ教会 大阪府豊中市本町9丁目10−18 06-6854-0230
聖イエス会シオン教会 大阪府吹田市五月が丘南9−23 06-6388-3573
聖イエス会ホサナ教会 大阪府高槻市神内2丁目9-1 072-683-3112
聖イエス会城東教会 大阪府大東市三箇1丁目9-64 072-871-3927
聖イエス会堺教会 大阪府堺市中区深井水池町3205-1 072-270-0071

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.
Join me on Facebook Follow me on Twitter Subscribe to RSS Email me