受洗の恵み



先日の聖会で、洗礼式を行いました。
7年の求道を経て、救いの恵みにあずかった御年85歳の老紳士Aさん。
夜にもたれている男性宅での家庭集会に導かれ、
ニコデモのように、夜な夜なその集会に通われました。

家庭を開放してくださっているMさんは60を前に転職を余儀なくされ、
新しい職場でも出向を命じられて、どうしてこんなことになるのか・・・と
腐っていたそうですが、その出向先でAさんとの出会いが備えられていました。
共通の趣味を持ち、ご近所ということから、
Mさんは勇気を出してAさんを家庭集会に誘ってみます。
長い人生、様々な経験を通っておられたAさんでしたが、
それ以来、毎月聖書の話を聞くのを楽しみに通ってくださいました。
秋田の出身ですが、子どもの頃、教会に行ったことがあったそうで、
すでに種が蒔かれていたのです。

家庭集会から導かれ、男性で、85歳にもなってから・・・
いくつもの驚きと喜びが重なった洗礼式で、
会衆席では多くの方が涙をぬぐっておられました。
(今日の家庭集会でも、「うちの主人にも続いてもらいたい・・・」と
ある方が話しておられました。)

普段はクリスマスに行うことが多い洗礼式ですが、
以前から聖会の恵みのなかで、洗礼式ができたらと思っていましたが、
信徒のみなさんにとって、それぞれに救いの恵みと受洗の恵みを
ダブルで思い出させてくれる良い機会になりました。
テベリヤ教会の高校生も洗礼を受けたいと思ってくれたようです。
主の導きに感謝します。

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美瑛の丘

美瑛

旭川の空港に降り立ったとき、温度計は−18℃の表示。
肌が引き締まるような感じ、これをしばれると言うそうだ。
北国にある小さな教会。
そこで教会に仕える先生がたと信徒のみなさん。
そして元気な子どもたち。

愛によって新たにしていただいた幸いな聖会。
主が見つめているものを見つめ続けたい。
愛とは、愛する者と同じ方向を見ていることなのだから。

聖会をはさんで、氷点を旅した。
あこがれの塩狩峠。
話題の旭山動物園。
雪に覆われた丘のまち美瑛(びえい)。
北の嵐山で触れた旭川の文化と人の心。
三浦綾子の信仰と言葉が息づく文学館。

目と心に焼き付けた白銀の世界を
しばらく楽しませてもらおう。

旭川の聖会と旅を導いてくださった主に感謝。
先生がたの心のこもったおもてなしに感謝。

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旭川



今日は祝日、飛行機のチケットが取りにくかったので、もう一日旭川で過ごしました。
午前中は駅周辺を一人で散策。
ちょうど開催中だった旭川冬まつりや三浦綾子記念文学館を見学しました。
午後は北の嵐山とい場所に連れて行っていただき、
閑静な住宅地に溶け込んだ陶芸、ガラス、染色などの工房、
木工クラフトのギャラリーなどを巡り歩きました。
旭川、とてもいいところです。明日の便で名古屋に戻ります。


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素敵な教会



数年前から聖イエス会のウェブサイトの制作を担当しています。素人ですが・・・。
依頼を受けて各教会のトップページの制作もさせていただいてきましたが、
数が増えてきましたので、一度まとめて紹介します。
全国の教会のためにお祈りいただくのにも、お役に立てば幸いです。

聖イエス会公式サイト http://www.seiiesukai.org/
旭川教会 http://seiiesukai.org/asahikawachurch/
札幌教会 http://seiiesukai.org/sapporochurch/
マリヤ教会 http://seiiesukai.org/mariyachurch/
平和教会 http://seiiesukai.org/heiwachurch/
豊田教会 http://seiiesukai.org/toyotachurch/
テベリヤ教会 http://seiiesukai.org/teberiyachurch/
聖霊教会 http://seiiesukai.org/seireichurch/
堺教会 http://seiiesukai.org/sakaichurch/
神戸中央教会 http://seiiesukai.org/kobechuouchurch/
使徒教会 http://seiiesukai.org/sitochurch/
青葉教会 http://www.seiiesukai.org/aobachurch/
笠岡教会 http://seiiesukai.org/kasaokachurch/
パウロ教会 http://seiiesukai.org/paulchurch/
カイザリヤ教会 http://seiiesukai.org/kaizariyachurch/
那覇教会 http://seiiesukai.org/nahachurch/

各教会、集会案内などはブログを利用していただいていますが、
それぞれに工夫されて楽しいですよ。
その他、名古屋教会をはじめ自教会でサイトを立ち上げてる教会もたくさんあります。
お時間を見つけて、是非、教会巡りの旅をお楽しみください。
素敵な教会に出会えると思います。
各教会の祭壇を見ながらお祈りできるのも感謝なことです。

今週も大切なことを大切に。

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2万件突破



いつも「土の器(Jars of Clay)」を読んでくださり、ありがとうございます。
先月のアクセス数がついに2万件を突破していました。たくさんの方に読んでいただき感謝、感謝です。
礼拝で語らせていただいているメッセージや教会の様子などをコツコツ書いていますが、
「土の器」を通して、少しでも多くの方に教会のことを知っていただければ幸いです。
先日も「毎日、『土の器』を開くのを楽しみにしています」というメールをいただきましたが、
師走を迎え、忙しい時間のあいまに、ぜひ「土の器」でひと休みしてください。

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サプライズ



昨日の教区聖会のはなし。
今年でお隣の豊田教会は献堂30周年を迎えます。今月が献堂記念の月で、18日には初代の先生をお迎えしての記念集会が計画されていますが、昨日は教区の集会ということで、教区のみんなで豊田教会の献堂30周年をお祝いさせていただきました。ひとつの教会が生み出されるのも、その教会が長く守られ歴史を刻むのも、一方的な主の恵みであり、そこに遣わされた先生方と教会に仕えてくださる信者さんの祈りと献身によるものです。昨日はサプライズのアニバーサリーケーキを準備させていただき、ハッピーバースデーを歌ってお祝い。気がつけば、神学校を卒業して豊田に来られて8年、歴代の先生方の中で最も長く豊田にいることになる宮本先生に3本のローソクを消していただきました。再出発、公生涯のスタートが祝されますように。
豊田教会、献堂30周年、おめでとう!! God bless you!

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俺たちのために。



ビリー・グラハムのクルセードがスコットランドのグラスゴーで開かれました。
その日、その地区で日雇いの仕事をしている男が救われました。
彼は貧しさから荒れた生活をしていましたが、イエスを信じ一変しました。
日曜日には欠かさず教会に行き、多くの友人を教会に誘いました。
ある日彼は仕事場で、頬に刀傷のあるいかつい顔をした男と一緒になりました。
以前の彼なら相手にしなかったのですが、
神によって変えられた彼は、他の人々が寄りつかないような、この男と進んで仕事をしました。
昼休みに二人は煉瓦の山に腰を下ろして、ぽつりぽつりと世間話を始めました。
彼は「明日、おれと一緒に教会に行かないか」と顔に傷のある男を教会に誘いました。
突然のことに、刀傷のある男は、「この俺が!!」と驚きました。
そしてこの男は悲しそうに言いました。
「俺なんか駄目さ。こんな傷のある男を誰が受け入れてくれると言うんだい。」
しかし変えられた男は言いました。
「安心しろ。俺たちを受け入れてくださるお方がいるんだよ。
そのお方は十字架の上でもっとひどい傷を負われたんだ。・・・俺たちのために。」

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忠実に



あの有名なキング牧師が暗殺される半年ほど前に
フィラデルフィアで、中学生に次のような話をしている。

もしあなたが道路を掃除する仕事に召されたのなら、
ミケランジェロが名画を描いたときのように、
ベートーベンが名曲を作曲したときのように、
シェークスピアがすばらしい詩を書いたときのように、
道路掃除をしなさい。
その仕事があまりにもすばらしいので、
天と地に住むすべての者たちが立ち止まってこう叫ぶようにしなさい。
「自分の仕事を忠実に成し遂げるすばらしい道路掃除夫がここにいる。」

今日も自分に与えられた仕事を誇りを持って、忠実に果たそう。

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こんなに嬉しいこと



まだ交通の不便な田舎に、70歳を過ぎてイエスを信じ救われた老人がいた。
老人は教会のある町まで10キロもある道のりを、聖日ごとに歩いて礼拝に通っていた。
背中には講壇用の大型聖書をふろしきに包んで背負っていた。
「残り少ない余生に、なんとしても神さまの言葉を毎日読みたい。」
その心が、衰えた目でもようやく読むことのできるこの聖書を彼に求めさせたのであった。
「おじいさん、いつも重い聖書を背負って、ほんとうに大変ですね。」
牧師が気の毒がって言うと、彼は首をほりながら目を細めて笑った。
「なあに、これしきのこと。重い罪を背負っていた頃に比べれば、何の苦しみもありません。
この歳になっても聖書を背負って礼拝に出られるなんて、こんな嬉しいことは他にございません。」

古き良き時代の心あたたまるストーリーです。
今は交通の便が良くなり、聖書を背負って教会に来られる方はあまり見かけません。
なかにはリュックを背負って来られる方があるので、その方は聖書も背負っていることになります。
また、簡単に聖書が手に入る時代ですから、個人で何冊か聖書を持っていて、
高齢の方で、教会用の聖書は教会に置いておくということもあります。
名古屋教会の礼拝なら、大切な聖書の言葉はプロジェクターで大きく映し出されますから
聖書を持っていなくても不自由はしないという、環境的にはよく整えられた時代です。
でも罪を赦された喜びの大きさに変わりはないのです。「こんな嬉しいこと他にはございません。」
毎日聖書を開くことのできる喜び、毎週礼拝に通うことのできる喜びを大切にしましょう。

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