踊るクリスチャン



イザヤ書の35章に、今年の標語に通じる素晴らしい神の約束を見ます。イザヤはバビロン捕囚からの帰還を前提にこれを語っています。それはイザヤの生きた時代から、200年も300年も後のことでしたが、バビロンに捕囚となり、意気消沈し、失望落胆している民に向かって語りかけたのです。
「弱った手に力を込め、よろめく膝を強くせよ。心おののく人々に言え。『雄々しくあれ、恐れるな。見よ、あなたたちの神を。敵を打ち、悪に報いる神が来られる。神は来て、あなたたちを救われる』」と。この慰めと励ましにあふれた預言は、荒れ果てた不毛の地に語りかけられていきます。「荒れ野よ、荒れ地よ、喜び踊れ。砂漠よ、喜び、花を咲かせ」と。
イエスが語られた「笛吹けど踊らず」という言葉は有名です。子どもたちが、結婚式ごっこやお葬式ごっこをしています。最初は楽しく遊んでいても、少し時間が過ぎると、もう宴会の笛吹き役の子どもが一生懸命に笛を吹いても、だれも踊ってくれません。お葬式の弔いの歌をうたっても、だれも泣くまねをしてくれません。メシアが来て、どんなに奇跡を行い、福音を語っても、だれも信じません。笛吹けど踊らずです。
しかし、イザヤの預言の中に、現状に左右されることのない踊るクリスチャンの姿を見ます。ほんとうは捕囚の地で、荒れ野のような、荒れ地のような状況の真ん中に置かれ、少しも笑えない、踊れないはずなのに、神の約束を信じ、喜び踊る信仰者の姿。それは祈らざるを得ない状況の中で、一心不乱に祈る信仰者の姿です。

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リトルに聞く(2)

大雨の音がする

comments

KT
いつも拝見させて頂いております。

思いがけず陥ってしまった出口の見えない状況の中で、慰めを頂きました。

私も「一心不乱」に祈り求めていきたいと思います。
ありがとうございました。
2014年01月16日 (木) 10:10
nagoyachurch
主の祝福がありますように。
2014年01月17日 (金) 07:18




 

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