農村の改革者



先日の書きましたが、京都の聖会でメッセージを聞きながら、学生の頃、夢中で読んだ『農村の改革者』という聖人伝のことを思い出しました。アルスの聖司祭ヴィアンネー神父(1786年 –1859年)の伝記です。

フランスのリヨンからほど近いアルスの村は、当時人口わずか230人、60世帯ほどの小さく貧しい村でした。村人の信仰は名ばかりで、決して熱心な信徒ではありませんでした。そんな村に、「あそこの教会には、あまり神の愛がないから、あなたが行って、それを植え付けてやりなさい」と言われ、彼はアルスに赴任したのです。彼がアルスに近づいた頃には、もう日が沈みかけていました。道に迷い、牧童に教えられて、ようやくアルスに入った彼は、人家の屋根が見えてくると、そこにひざまずき祈りました。祈りが終わると、彼はこうつぶやくのです。「この教区は、今に、来る人々が入りきれないようになる。」
しかし、現実は、彼の赴任当初、毎朝のミサにあずかるのは2、3人の婦人だけでした。日曜のミサも、村人は口実をさがして、すぐに欠席し、出席している人々も、堪えがたい退屈の色をあらわし、居眠りをする者、私語をかわす者もいました。説教が終わると、ほとんどの人が新鮮な空気を吸いに、教会を飛び出して行ったと言います。
しかし、神父の不屈の信仰と祈り、努力によって、10年あまりが経ったとき、アルスの村は全く変えられてしまったのです。死んだようなアルスの村がよみがえったのです。そして、ついにフランス中から、いいえ国境を越えて多くの巡礼者が集まって来るようになりました。聖人の足跡を尋ねて巡礼者が集まることはあっても、現在生きている人を尋ねて、巡礼者が集まることは、教会の歴史の中でもまれなことです。ところが、ヴィアンネー神父の存命中、30年に渡って、アルスの聖堂には昼夜人影が絶えることがありませんでした。
その頃の様子を伝えるのが、あの有名なエピソードです。「アルスの聖司祭ヴィアンネー神父の声は、あまりに低かったので、説教のとき、かれの周囲におしよせる群衆には、よくききとれなかった。しかし、人びとには、ヴィアンネ神父のいうことは全然きこえなくても、かれの姿はみえた。神の霊に乗りうつられたような、かれの姿はみえた。彼の姿をひと目みただけで、聴衆はみな感動し、心服し、回心した。アルスの巡礼から帰って来た一人の弁護士に、ある人が、『アルスで、どんな印象を受けましたか』と、たずねてみた。『そうですネ、わたしは、人間のなかに、「神さま」をみましたよ!』これが、弁護士の答えだった。」
主は、アルスの村で起こった、そして、ヨハネ11章のベタニアの村で起こった途轍もない奇跡を、私の住む町にも、あなたの住む町にも起こすことができるのです。あなたはそれを信じますか。

今週も大切なことを大切に。

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