卓枝安牧師のこと



先日の礼拝メッセージの最後に、台湾の車路墘教会の卓枝安老牧師のことを語らせていただきました。
卓老牧師は、先月の28日に92歳の生涯に幕を下ろされました。卓牧師のことは、2010年の11月頃のBlogにも何度か書かせていただいたことがありますが、台湾に御名の福音を伝えるために、その人生を賭け、献身されました。
以下、当時の文章から。「昨晩、卓枝安老牧師のお宅に呼んでいただいた。老牧師は、私が神学生の頃、共に机を並べて勉強させていただいたことがある。当時は教会の長老で、貿易のお仕事をされていたと記憶しているが、大槻先生の講義を聴講するために、京都に長期滞在されたことがあった。子どもの頃、日本語教育を受けておられるので、流暢な日本語を話される。今回個人的にお交わりをするのは、あの時以来のことになるが、私が四国の出身であることも覚えていてくださり、感激した。もう20年も前の話なのに。御名の福音のために、単身京都に来られ、神学生と一緒に熱心に学ばれる卓長老の姿を見て、台湾の地のために祈った神学生の頃を思い出した。」
私が台湾に行かせていただいた時には、すでに一線は退いておられたが、私を紹介する役を買って出てくださり、私のことを会衆に紹介してくださった(写真)。
卓牧師が牧師に就任されたときのあいさつが、1991年の『あかしびと』に載っています。「なぜこの年になって伝道に献身することになったのか、疑問を持たれる方がいらっしゃるかも知れません。真実を申しますと、伝道の道を選びましたのには、やむにやまれぬ事情があったのです。・・・神の御名の中に無限の愛、一切の宝があることを感じるのです。『我は主なり』と連祷すればするほど、心に平安、愛、聖、無限の喜びが湧き出てくるのです。これが私を献身へ献身へと駆り立て、今日に至ったのです。・・・今私は私に与えられた使命をもう一度確認します。主が私に与えられた使命、それは御名を宣べ伝えることです。この命が燃え尽きるまで。」

イエスは言われました。「この人のするままにさせておきなさい(彼女はできるかぎりのことをした)」と。私にはそんなことはできないと思われるでしょうか。今日も「自分には愛がないと思う人は、愛が一番たくさんある所に行きましょう。愛が一番たくさんある所、それは十字架です。」その時、「家は(教会は、私の人生は)香油の香りでいっぱいになった。」

次の日曜日は「母の日」の礼拝です。「母の日」は教会で始まった美しい習慣です。ぜひお出かけください。

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