勇気



今月18日に、105歳で亡くなられた聖路加国際病院の名誉院長、日野原重明先生の葬儀が先週の土曜日に営まれたと報じられていました。先生が訳されたバーナード・ウェーバー著の「勇気」という児童書があります。いろいろな勇気があることを教えてくれる素敵な本です。

・いきなり、補助輪なしでつっぱしるのも勇気。
・探偵小説の犯人を知りたくても、最後のページを見たりはしないのも勇気。
・しゃべらないと約束したとっておきの秘密を漏らさないのも勇気。
・真っ暗にして眠るのも勇気。
・髪をばっさり切ってもらうのも勇気。
・壊されても、またやり直すのも勇気。

政治家の失態や国会でのお粗末な答弁が連日報じられ、誰もが呆れていると思います。もう少しだけみんなに勇気があったら、こんなニュースはなくなるでしょうか。本当のことを話すのも勇気。「ごめんなさい」と謝るのも勇気。クリスチャンとしては、人が嫌がる仕事を率先してするのも勇気。辛い思いをしている人に寄り添い、一緒に祈るのも勇気。何よりも、キリストを伝えるのも勇気ということではないでしょうか。
礼拝で学んでいる『ヨハネによる福音書』のシリーズも13章に入ります。ヨハネ福音書は構造的に、12章までと13章からの2つに分けることができますが、12章の終わりのところで、前半部分を要約するようなイエスの叫びを聞き、13章は「さて、過越祭の前のことである」と仕切り直すかのような前置きで始まります。ヨハネ福音書は、12章で、キリストがろばの子に乗ってエルサレムに入城されたことが記され、続いて「一粒の麦」の譬えが語られました。すでにキリストの最後の一週間、受難週に入っているわけですが、ヨハネは他の福音書のように、その週の出来事については触れずに、13章では十字架の前夜、あの最後の晩餐の席まで話しをスキップさせます。つまり、ここではもうキリストの最後の24時間に突入しているのです。ヨハネは、ここに、最後の晩餐の席でなされた信じられない出来事をまるでビデオで収めるかのように事細かに記録しました。僕となって弟子たちの足を洗うイエスの姿です。これもキリストの勇気でした。

今週も大切なことを大切に。

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