未見の我



渡辺和子先生の「面倒だから、しよう」に、相田みつをさんの詩が紹介されていました。

トマトがね、トマトのままでいれば、ほんものなんだよ、
トマトをメロンに見せようとするから、偽物になるんだよ。
みんなそれぞれにほんものなのに、骨を折って偽物になりたがる。

渡辺和子先生の文章です。
若い人はよく“自分探し”という言葉を使いますが、自分というものは、押し入れを開ければ見つかるようなものではありません。自分探しとは、私は一体どういう人間なのだろうと言うことを絶えず模索することです。失敗をしたら、その失敗をしっかりと受けとめ、成功をしたら、私にもこんないいところがあるのかと今まで気付かなかった自分に気付くこと。・・・

未見の我という言葉があります。私たちは、自分自身を全部知っているわけではありません。いろいろな人との出会いやさまざまな経験を通じて「未だ見ざる我」に気付きながら、パーソナリティを自分らしく作っていくことが、大事なのです。

先生らしい文章に心が和みます。
私たちも聖書が教えてくれる「未見の我」、ほんとうの自分と出会えますように。

昨日は礼拝後に、福井県の高浜に移動、子どもたちのミニキャンプを持ちました。
台風の予報もあったので、到着後、すぐに海水浴へ。楽しい時間を過ごすことができました。
今日は朝からあいにくの雨模様でしたが、大槻筆子先生の足跡を辿り、早めに名古屋に戻って来ました。
高浜に導いてくださった主に感謝。

今週も大切なことを大切に。

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洗足と未見の我

少女よ、起きなさい

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