「はい」



「ヤーウェ・イルエ(主は備えてくださる)」とは、直訳すると「主が見ておられる」という意味です。モリヤの山での出来事の場合、主がすでに身代わりとなる犠牲の小羊を見ておられたということです。私たちには予想がつかない問題に対しても、神はいつも先を見ておられます。今、自分には見えないことも、わからないことも、神は見ておられる、知っておられる、だから大丈夫というのが、「主の山に備えあり」という信仰です。
しかし、備えてくださる神に対して私たちの現実は、先がよく見えていないので、今の出来事について理由を求め、主の訓練を避けようとすることです。「なぜですか」とか、「前はこうだったのに」とか、「今でなくても」とか言って、なかなか「はい」と言えません。もちろん、試練や困難はできるだけ避けたいです。しかし、御言葉は言います。「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主から懲らしめを受けても、力を落としてはいけない。なぜなら、主は愛する者を鍛え、子として受け入れた者を皆、鞭打たれるからである。」神は「御自分の神聖にあずからせる目的でわたしたちを鍛えられるのです。」「だから、萎えた手と弱くなったひざをまっすぐにしなさい」(ヘブライ12:5-6、10、12)と。
大切なことは、「はい」と答えられることです。アブラハムはどうだったでしょう。

神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」と答えると・・・
天からの主の御使いが、「アブラハム、アブラハム」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると・・・

アブラハムの「はい」という返事の声が響きます。イサクとの会話の中でも「ここにいる」という返事の言葉が使われますが、原文ではどれも「ヒネニー」です。直訳すれば「御前に」とか「ここにいます」という意味です。主の言葉に、また主からの鍛錬に、逃げも隠れもせず、即刻返事を返すアブラハムの信仰の姿勢がよく表されています。
ここにも純化されたアブラハムの信仰を見ることができます。私たちも今日から、御言葉の前に襟を正し、いつでも「はい」と答える習慣を身につけましょう。御言葉に、委ね、同意し、服従する。そこにこそ爆発的な祝福が備えられているからです。主の山に備えあり。

2月に入りました。次の日曜日は、2月のオープン礼拝です。ぜひお出かけください。

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アブラハムに見るわたしたちの栄光の希望

2月のオープン礼拝

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