聖書と私

今週も祈祷会を大切に。
今週の祈祷会は、教会員の葬儀に合流しました。長年、KBS京都のアナウンサーとして活躍された方で、すてきな声の持ち主でした。10年前に奥様に先立たれ、8年間、京都で独り暮らしをされた後、2年前に娘さんのいる名古屋に来られ、最後は準備万端、奥様の待つ天国に旅立って行かれました。昨日の前夜式では、少し長い原稿でしたが、「聖書と私」と題して書かれた手記を代読させていただきました。その中に、聖書との出会いが書かれていましたが、それは有名な「善いサマリア人」の譬え話との出会いでした。ルカによる福音書10章から、リビングバイブルで。

10:25 ある日、律法の専門家がやって来て、イエスを試そうとしました。「先生。お聞きしたいのですが、永遠のいのちを受けるには、何をしたらよろしいでしょうか。」
10:26 「モーセの律法には、何と書いてありますか。」
10:27 「『心を尽くし、たましいを尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい』(申命6:5)、それに、『自分自身を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい』(レビ19:18)とありますが。」
10:28 「そう、そのとおりにすればいいのです。そうすれば、永遠のいのちを得られます。」
10:29 しかし律法の専門家は、自分がある人々を愛していないことを正当化しようと、「隣人とはだれのことですか?」と聞き返しました。
10:30 イエスは直接答える代わりに、たとえを話されました。「エルサレムからエリコへ旅をしていたユダヤ人が、強盗に襲われました。強盗どもは、身ぐるみはぎ取り、あり金全部を奪うと、その人を殴ったり、蹴ったりして半殺しにし、道ばたに放り出して逃げて行きました。
10:31 ちょうどそこへ、ユダヤの祭司が通りかかりました。ふと見ると、旅人が倒れています。でも、めんどうに巻き込まれたくなかったので、道の反対側へ回り、何くわぬ顔で通り過ぎてしまいました。
10:32 しばらくすると、今度はレビ人(神殿で奉仕する人)が通りかかりましたが、彼も、倒れている旅人を横目でちらりとながめただけで行ってしまいました。
10:33 ところが、常日頃ユダヤ人に軽蔑されていたサマリヤ人がたまたま通りかかり、旅人を見つけました。その人をかわいそうに思ったサマリヤ人は、
10:34 急いでそばに近づいて、傷口に薬をぬり、包帯を巻いて応急手当をしました。それから自分のろばに乗せ、宿屋まで運んで、一晩中、看病してあげました。
10:35 翌日、宿屋の主人にデナリ銀貨二枚を渡し、『あの人を介抱してあげてください。足りない分は、私が帰りに寄って払いますから』と頼みました。
10:36 この三人のうちだれが、強盗に襲われた人の隣人になったと思いますか。」
10:37 律法の専門家は答えました。「もちろん、親切にしてやった人です。」この答えを聞くと、イエスは言われました。「そのとおりです。あなたも同じようにしなさい。」

私たちの善きサマリア人となり、永遠の命と希望を与えてくださる主に感謝。
「また会う日まで、神の恵み、たえせず共にあれ。」

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主の足もとに座り

我らは四人であった

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