keep on speaking



アメリカの宣教師ボブ・ピアスが、上海の宣教団体本部に泊まっていた時のことです。夜中に、同じ部屋に泊まっていた宣教師が、毛布にくるまって、声を殺して泣いているのに気がつきました。訳を尋ねると彼は答えました。
「私と妻はチベット国境で伝道していました。14年目に一人の受洗者が与えられました。21年目の今日は、8人の信者が与えられています。ところが、娘がハンセン氏病となってしまったので、妻と娘を国に帰すことになりました。明日は一人で、チベットに帰らなければなりません。」ピアスは「あなたは21年も国に帰っておられないのですか。すぐ小切手を書きますから、あなたもお帰りなさい」と言いましたが、彼はこう答えたのです。「いいえ先生、私は妻や娘との別れが辛くて泣いているのではありません。実は今、茨の冠をかぶった主イエスが、私の夢に現れて言われたのです。『さあ兄弟、明日は一緒にチベットに帰ろう。私と一緒にチベットに行ってくれるのは、お前だけなのだよ』と。私は我慢が出来なくなり泣いてしまったのです。」ピアスは感動し、ともに手を取って泣きながら、主を賛美し、祈り合ったというのです。
ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われました。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。・・・この町には、わたしの民が大勢いるからだ」と。「恐れるな」と言われている以上、パウロのうちには恐れがあったということです。事実、その頃のパウロは、アテネでのほろ苦い経験のために、意気消沈し、恐れに取り付かれ、ひどく不安であったと、手紙に記しています。百戦錬磨のパウロにも、言葉を失い、うなだれるような夜があったのです。しかし、主は言われました。「語り続けよ(keep on speaking)、わたしがあなたと共にいる」と。
旧約聖書を開けば、偉大な預言者たちの声が聞こえてきます。彼らは主の言葉を預かって語りました。みんなが弁の立つ人たちだったのではありませんでした。口の重い人も、語るべき言葉を持たない人もいました。その代表がモーセであり、エレミヤです。「私は口が重いのです。・・・私は若く経験がないのです。・・・何も話せません。・・・」と、彼らは断固主張しました。しかし、主はモーセに言われたのです。「わたしがあなたの口と共にあって、あなたが語るべきことを教えよう」と。そこでエレミヤは言いました。「主の言葉がわたしの心のうちで、燃えさかる火のようで、もうしまっておくことができません」と。
主の声が響きます。「この命の言葉を漏れなく、人々に語りなさい。」「わたしがあなたと共にいる。」
もう一度、チャレンジ!祈りと宣教です。

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語り続けよ。わたしがあなたと共にいる

御名があがめられていることを

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