燃えさし



「ガバタにて」という証の中に、エルサレムの神殿を再建するために召された大祭司ヨシュアの話が出て来ます。ゼカリヤ書の3章に出てくる幻ですが、神の法廷に立ち、サタンから情け容赦なく訴えられるヨシュアの姿は、何と惨めで哀れな姿であったことでしょう。このヨシュアの姿こそ、私たちの姿なのです。しかし、主の御使いがはサタンに言いました。「サタンよ、主はお前を責めておられる。エルサレムを選ばれた主はお前を責められる。ここにあるのは火の中から、あのバビロン捕囚という火のような懲らしめと審判を通って取り出された燃えさしではないか。傷もある、焼け焦げた痕もある。しかし、私が選んだ者である」と。
この物語は、宗教改革者マルチン・ルターについて、語り継がれている一つのエピソードを私たちに思い出させます。彼が幽閉されていたヴァルトブルク城の部屋の壁に、インクを撒き散らしたようなシミが残っていると言うのです。ある夜、彼が意気消沈していると、サタンが長い長い巻物を持って現れました。そこには、ルターが生まれてからその日に至るまで、犯した罪が一つ残らず克明に記されていました。サタンは彼を訴え、責め、ののしりました。「お前のような罪人が宗教改革などと、大それたことをよくも考えたものだ。お前のような罪人は地獄からさえ助かることはできないのだ」と。ルターは一瞬、魂の苦痛を覚え、絶望感を味わいましたが、次の瞬間、信仰を奮い立たせ、サタンに向かってインクの壷を投げつけて言いました。「サタンよ、確かにお前の言う通りだ。しかし、お前に言っておく、その長い巻物の最後に、こう書いておきなさい。『御子イエスの血が、すべての罪から我らを清める』」と。」

全国中高生大会も無事に終え、名古屋からの参加者ももうすぐ帰って来ます。

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燃えるたいまつ

イエスは自ら十字架を背負って

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