主の園とされる



イザヤ書とヨハネによる福音書は、旧新約聖書の双璧であって、キリストの神性が見事に描き出されています。イザヤ書は66巻からなりますが、聖書が旧約39巻、新約27巻、合わせて66巻から成るように、イザヤ書も39章までの前半と40章以降の後半27章に分けることができます。
40章からは非常に福音的な、新約の光、あちらこちらに見られるようになりますが、今年の標語35章も非常に福音的な箇所です。直前の34章においては、諸国の民を代表するエドムへの神の容赦ない裁きを見ますが、一転、35章では神の民にもたらされる栄光の回復が美しい賛美のように歌われています。
1節の最後の行に「野ばらの花を一面にさかせよ」とありますが、口語訳聖書で養われて来た方なら、ここは「さふらん」と訳してほしいところです。フランシスコ会訳は「水仙」と訳し、岩波訳は「百合」と訳していますので、特定することは難しいのですが、荒れ野が、荒れ地が、砂漠が、一面美しい花で彩られる光景を想像してください。これこそ、イザヤ書51章3節に、「主はシオンを慰め、そのすべての廃虚を慰め、荒れ野をエデンの園とし、荒れ地を主の園とされる。そこには喜びと楽しみ、感謝の歌声が響く」と歌われている光景です。
2節の後半には、「レバノン」「カルメル」「シャロン」というパレスチナ地方の地名が出てきます。レバノン山は空中高くそびえ、その頭には万年雪を冠のようにいただき、白銀に輝く姿は雄大です。このレバノン山でとれる杉の木はエルサレムの神殿建設にも用いられました。またレバノン山の雪どけの水は、ヘルモン山と共に、中東一帯を潤します。これがレバノンの栄光です。
カルメル山は、地中海に面し、森林の緑豊かな場所です。旧約聖書では、預言者エリヤによって知られる場所で、バアルの預言者と対決し、神の火を呼び下したのも、大雨を降らせたのもこの場所でした。さらにシャロンの野は百花繚乱、春が来ると野の花が一面を彩る、あたかもエデンの園のような場所です。それはいずれも筆舌に尽くしがたい神の麗しさと輝きを表しています。これがカルメルとシャロンの輝きです。
この栄光と輝きを、主は私たちに約束してくださっているのです。これはイエス・キリストの十字架のあがないがもたらす絶大な効果です。「イスラエルよ、主によって望みをいだけ。主にはいつくしみがあり、また豊かなあがないがあるからです。」

今週も大切なことを大切に。

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園から園へ

生きるとはキリスト

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