贖いの座



少し旧約聖書から話しをさせてください。「契約の箱」の話しです。イスラエルの民にとって、それは神の臨在をあらわすものでした。エジプトを脱出し、荒れ野を旅したイスラエルの中心にあった幕屋の至聖所に置かれていたのがこの箱です。箱の中には十戒の石板、芽を出した祭司アロンの杖、マナの入った壺が納められていました。十戒は神の言葉、戒めです。芽を出したアロンの杖は、復活と神に選ばれたもののシンボルであり、マナの入った壺は、主の備えといのちのシンボルです。どれも神の恵みにほかなりませんが、角度を変えて見ると、イスラエルの民にとっては、どれも神のテストに失敗した、不従順の象徴でもありました。
十戒が与えられたその日、イスラエルの民はモーセの帰りが遅いと言って、金の子牛を造って拝み始めました。偶像礼拝です。彼ら、再三、モーセとアロンのリーダーシップに逆らい、神の怒りを招きました。不従順です。さらに、40年に渡る荒野の旅路において、彼らは日々の備えを信じることができず、次の日の分までマナを蓄え、神に打たれました。不信仰です。
ところで、この契約の箱の「箱」という言葉が、最初に聖書に出て来るのは、創世記の最後の節、50章26節です。エジプトの宰相となったヨセフは、自分が死んだら、その骨を約束の地に携え上ってほしいと子どもたちに命じますが、その言葉どおり、ヨセフの子どもたちは彼のなきがらを「ひつぎに納めた」と書かれています。この「ひつぎ」という言葉が「箱」と同じ言葉です。ですから、契約の箱というのは、そもそも「ひつぎ」というコンセプトであったということになります。契約の箱の中には納められていた神の恵みのシンボルは、イスラエルの民にとっては不信仰と不従順の象徴であり、それはやがて死につながり、ひつぎの中に葬られる運命となったのです。
そこで「贖いの座」が必要になります。契約の箱の上には、「贖いの座(the mercy seat)」と呼ばれる蓋があり、ケルビムと呼ばれる翼を広げた天使が両側に置かれていました。一年に一度、大いなる贖いの日に、大祭司が至聖所に入り、罪を償う供え物として動物の血を、この「贖いの座」に注ぎかけたのです。そのことによって、イスラエルの民の不義は赦され、その罪は贖われたのです。
ヨハネによる福音書の復活の記事に目を向けましょう。「マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭の方に、一人は足の方に座っていた。」イエスの体が置かれていた場所、つまり棺の両側に座る天使と言えば、何かを思い出しませんか。契約の箱です。ここではイエスが葬られていた場所が棺であり、主の契約の箱を表していたのです。ケルビムが贖いの座の両側にいたように、天使は、イエスが血を流し、死んで葬られた場所の両側に座っていました。マリアはそれを見ました。そして振り向くと、そこにイエスがおられたのです。

今週も大切なことを大切に。

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