石庭



イエスを愛し、イエスに愛された弟子のヨハネは、まだ青年の頃にイエスと出会いました。その日から、彼はずっとイエスのそばにいました。そこが彼の指定席となりました。だから彼は「キリストに留まれ」と語り続けます。それが彼のライフメッセージでした。そんな彼が伝えたものとは何であったのでしょうか。ヨハネは言います。「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について」と。
ここで「命の言」と呼ばれているのは、キリストのことです。ヨハネは「よく見て」と書いていますが、それは、すぐ前の「目で見た」とは別の言葉です。「よく見て」とは、誰かを、あるいは何かを、その存在の意味と重要性がわかるまで、じっくり時間をかけて見つめることを意味します。それは単に一瞥すると言うことではなく、じっと見つめ続けることです。彼は我を忘れるほど、イエスに見とれてしまったのです。
京都に石庭で有名な龍安寺という寺があります。世界文化遺産にも指定されています。この石庭は、諸説がありますが、室町後期の僧侶であり、絵描きでもあった相阿弥という人物の作品と考えられています。彼は自らが到達した心の世界をわずか大小15個の石と白い砂のみを用いて表現しました。一樹一草も使わぬシンプルな庭ですが、龍安寺の石庭は、そこに座り、静かに庭を眺める人の心に、声なき声をもって語りかける力を持っています。ヨハネの手法もそれと同じです。ヨハネは選りすぐった7つの奇跡(しるし)を福音書という彼の庭に絶妙に配置し、その庭を眺める人の心に力強く語りかけるのです。「これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである」と。これこそ、我を忘れるほど、イエスに見とれた彼の福音なのです。

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