私の聖書物語



聖書は本当に不思議な書物です。その不思議さの一つは、聖書の言葉が時代を越えて、今も私たちに語られていることに気づくことです。ある人は、「聖書の中には自分がいる」と言いました。そこに登場する人物のうちに、今ある自分自身の姿を、そして本来あるべき自分自身の姿を発見するからです。そこで語られている神の言葉が、私に語られていると気づく時、そこに私の聖書物語が始まるのです。
創世記の12章、アブラハムの旅のプロローグはこの言葉から始まります。「主はアブラムに言われた。」いつの時代にも、神からの語りかけ、呼びかけがあります。教会ではデボーションガイドを使って聖書通読することをお勧めしていますが、ぜひ、今年もデボーションガイドも使っていただいて、耳を澄ませて神の声を聴く時間を大切にしていただきたいと思います。神は聖書を通して、あなたに語られます。私たちは、さまざまな音に囲まれた生活をしています。ですから、あえて、テレビもラジオも音楽プレイヤーもスイッチを切って、スマホも置いて、神の言葉に耳を傾けるように努力しなければなりません。一日5分でもかまいません。静まって聖書を開く習慣を身に付けてください。その静寂の中にこそ、あなたにも語られている神の言葉があるからです。

デボーションガイドは毎日聖書を1-2章ずつ通読し、3年間で旧約聖書を1回、新約聖書を2回通読することができるデボーションの手引きです。毎日、短い御言葉の解説と適用、そして祈りが1ページに記されています。お求めは聖イエス会の教会を通してロゴス社まで。

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その時だけにとどまらない意味



いつモブログを読んでくださっているみなさま、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

年末に、いま話題の吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』を読みました。日中戦争に向かう1937年に書かれた「歴史的名著」。今回マンガが同時発売されたことや、池上彰さん、糸井重里さん、斎藤孝さんなどがこぞってこの本を紹介したこと、極めつけはジブリの宮崎駿監督が新作に、この本の題を付けたことでブレークしたようですが、読めば納得の良い本でした。信仰的な本としてお勧めするわけではありませんが、80年も前に書かれた児童文学書でありながら、今の時代に「君たちはどう生きるか」と真っ向から問いかけられているように感じました。
80年前と言えば、今年は、聖イエス会の創立者・大槻武二牧師が、当時の満州奉天、現在の中国瀋陽において、神との出会いを体験されて80年目にあたります。聖イエス会という小さな群れのすべてが、80年前の一人の牧師の神体験から始まっているということを思い、これまでもくり返し、その体験談を聞いてきましたが、今改めて「君たちはどう生きるか」ということが問いかけられているように感じます。
「君たちはどう生きるか」は、旧制中学に通う「コペル君」とあだ名を付けられた15歳の少年の日常を軸に、彼のおじさんとのやり取りで綴られていくのですが、ある時、おじさんがコペル君にこんなことを伝えます。「肝心なことは、いつでも自分が本当に感じたことや、真実心を動かされたことから出発して、その意味を考えてゆくことだと思う。・・・そうすると、ある時、ある所で、君がある感動を受けたという、くりかえすことのないただ一度の経験の中に、その時だけにとどまらない意味のあることがわかってくる。それが、本当の君の思想というものだ。」
今から80年前、1938年1月9日のただ一度の経験の中に、その時だけにとどまらない意味のあることを、今年私たちも体験を通して教えられたいと願っています。今年の御名は、創世記17章1節、「我は全能の神なり」です。この御名は信仰の父と仰がれ、神の友と呼ばれたアブラハムに現されたものですが、1月の礼拝は、ヨハネ福音書の特別編「わたしの日を見て喜んだ」ということで、アブラハムの生涯を4回シリーズで学びたいと思います。

新年の祈祷会(木曜礼拝)は1月11日からです。

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君たちはどう生きるか

2018年元旦礼拝
メッセージ 「君たちはどう生きるか」
聖書 ヨハネによる福音書8の56-58、創世記12の1-9
ヨハネによる福音書・新年特別編「わたしの日を見て喜んだ」シリーズ1

ヨハネによる福音書
8:56 「あなたたちの父アブラハムは、わたしの日を見るのを楽しみにしていた。そして、それを見て、喜んだのである。
8:57 ユダヤ人たちが、「あなたは、まだ五十歳にもならないのに、アブラハムを見たのか」と言うと、
8:58 イエスは言われた。「はっきり言っておく。アブラハムが生まれる前から、『わたしはある。』

創世記
12:1 主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。
12:2 わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名を高める/祝福の源となるように。
12:3 あなたを祝福する人をわたしは祝福し/あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて/あなたによって祝福に入る。」
12:4 アブラムは、主の言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった。
12:5 アブラムは妻のサライ、甥のロトを連れ、蓄えた財産をすべて携え、ハランで加わった人々と共にカナン地方へ向かって出発し、カナン地方に入った。
12:6 アブラムはその地を通り、シケムの聖所、モレの樫の木まで来た。当時、その地方にはカナン人が住んでいた。
12:7 主はアブラムに現れて、言われた。「あなたの子孫にこの土地を与える。」アブラムは、彼に現れた主のために、そこに祭壇を築いた。
12:8 アブラムは、そこからベテルの東の山へ移り、西にベテル、東にアイを望む所に天幕を張って、そこにも主のために祭壇を築き、主の御名を呼んだ。
12:9 アブラムは更に旅を続け、ネゲブ地方へ移った。

元旦礼拝の恵みを主に感謝。

いつモブログを読んでくださっているみなさま、明けましておめでとうございます。
新年の祝福をお祈り申し上げます。本年もよろしくお願いいたします。

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わたしにつながっていなさい

年末感謝礼拝
メッセージ 「わたしにつながっていなさい」宮本裕美先生
聖書 ヨハネによる福音書15の1-16

15:1 「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。
15:4 わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。
15:5 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。
15:16 あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。

元旦礼拝から大晦日の年末感謝礼拝まで、2017年の始めとなり終わりとなってくださった神さまに感謝。
一年守られ、たくさんの恵みをいただいたことに感謝。
まだ感謝できない出来事、叶えられていない祈りも、やがて感謝できるようになるから感謝。
明日から2018年、新年のスタートも教会で。元旦礼拝は午前10時半から。

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クリスマスキャロル



24日クリスマスイブの礼拝が終わり、25日クリスマスの午後、30年も教会から離れていたAさんが55年の生涯に幕を下ろし、天国に旅立って行かれました。26日の朝、息子さんから電話があり、葬儀の依頼を受け、蟹江の葬儀場に出かけました。安らかに眠っているAさんを囲み、まだ若い二人の子どもさんとAさんのお母さんと共に祈りの時を持ちました。私は面識のない方でしたが、亡くなる前日、Aさんが大切に取っていた「洗礼証明書」を娘さんが発見し、時美さんが聖イエス会名古屋教会に通っていたことがわかりました。もしこの一枚の洗礼証明書が見つかっていなければ、葬儀を依頼されることもなかったと思うと、すべては主の導きであったと言わざるを得ません。亡くなる前に、親子で「葬儀はどうしたらいいの?」という話しもしていたそうですが、「キリスト教式であげてほしい」との希望でした。式の準備のために、その頃のことを知っていると思われる数名の教会員にAさんのことを尋ねました。教会に通っていた期間が短かったためか、あまり記憶にないとの返事でしたが、ある年のクリスマスに、青年部で演じた「クリスマスキャロル」の主役を自ら買って出たことがあったという話しを伺い、前夜式ではディケンズの「クリスマスキャロル」の話しをしました。過去、現在、未来に旅するスクルージ。みすぼらしい墓石に自分の名前を見つけた彼は、「どうか墓石に刻まれている私の名前をスポンジで消すことができると言ってください!」とすすり泣きます。やがて夢から覚めたスクルージは言いました。「私は鳥の羽のように軽く、天使のように幸せだ!さあ、みんなとクリスマスを祝おう!」、スクルージは生まれ変わったのです。Aさんの家では、クリスマスを特別な日としてお祝いしてきたそうです。この物語がAさんの心に生き続けていたのかも知れません。
Aさんの名前が入った御言葉を持って、Aさんを天国の教会に送りたいと思います。「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」(コヘレト3:11新改訳)。

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年末年始も教会で

クリスマスだけじゃない!
年末年始も教会で。

2017年
12月28日(木)祈祷会
12月31日(日)午前10時30分 年末感謝礼拝
2018年
1月1日(月祝)午前10時30分 元旦礼拝
1月7日(日) 午前10時30分 新春オープン礼拝
新年の祈祷会は11日からになります。

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シメオンは幼子を腕に抱き

今年最後の祈祷会、祈祷会の恵みを感謝します。
今日の御言葉をシェアします。ルカによる福音書2章から。

2:22 さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。
2:23 それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。
2:24 また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。
2:25 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。
2:26 そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。
2:27 シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。
2:28 シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。
2:29 「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。
2:30 わたしはこの目であなたの救いを見たからです。
2:31 これは万民のために整えてくださった救いで、
2:32 異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」
2:33 父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。
2:34 シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。
2:35 ——あなた自身も剣で心を刺し貫かれます——多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」

祈祷会と同時刻、蟹江町では教会員の葬儀が持たれました。クリスマスの日、55歳で人生の幕を下ろされたAさんは30年も教会は離れていた方ですが、不思議なことに一枚の洗礼証明書を通して、今回の葬儀が導かれました。棺には、手作りのウエディングドレスが入れられていましたが、キリストの花嫁を見せられる思いでした。永遠のいのちの素晴らしさを感謝します。

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ヨセフさん行かないで



クリスマス、おめでとうございます。
12月の『ぶどう樹』でも紹介された物語です。

アメリカのある村に、白い十字架の立つ教会がありました。村の人たちの最大の楽しみは、クリスマスでした。なかでも「キリスト降誕劇」は、村全体で取り組む最大の行事でした。その年は、子どもたちが「キリスト降誕劇」を担当することになっていました。そこで、教会学校の先生たちは、村中の子どもたちを集めて、役割を決めました。
まずマリヤさんが決まりました。ヨセフさんも決まりました。お星さんたちも、東の博士さんたちも次々に決まりました。こうして、子どもたちはそれぞれ役をもらい、はしゃぎながら帰って行きました。
ところが後になって、一人の少年にだけ、役をあげていなかったことに、先生たちは気がつきました。知的障害のある少年でした。先生たちは急いで新しい役を作りました。それは、イエスさまが生まれることになる、馬小屋のある宿屋の主人の役でした。マリヤさんとヨセフさんが来たときに「だめだ。部屋はない」と言って、後ろにある馬小屋を指す役でした。
役をもらえることを聞いて、男の子は本当に喜びました。「僕も劇に出るんだ!みんなといっしょに、劇に出るんだ!」そうして、来る日も来る日も男の子は一生懸命に練習しました。「だめだ!部屋はない!」手を高く上げて、それから馬小屋を指さす。たったそれだけです。でも毎日、何十回も繰り返し練習しました。
さあ、いよいよクリスマスの日になりました。村中の人々が教会堂いっぱいに集まり、村はからっぽです。楽しいクリスマスのプログラムが進んで、いよいよお楽しみの最期の一番、子どもたちによる「キリスト降誕劇」が始まりました。
劇は順調に進み、いよいよ問題の場面となりました。
どっぷりと日の沈んだベツレヘムに、ヨセフさんとマリヤさんがやっとの思いでたどり着きました。そして、あの少年がたっている、村はずれの最期の宿屋にやって来ました。「すみません、私たちを泊めてください」さあ、男の子の出番です。教会学校の先生たちも、お父さん、お母さんも、思わず心の中でお祈りをしました。「あの子がちゃんと言えますように!」
男の子は大きな声で言いました。「だめだ!部屋はない!」(やった!)そして、高く手を上げて、それから後ろの馬小屋をしっかりと指さしました。(よかった、うまくいった!)みんなは胸をなで下ろしました。
長旅で疲れたヨセフさんとマリヤさんは、肩を落とし、重たい足を引きずるようにして、馬小屋に向かって歩いていきました。その後ろ姿をじっと見つめていた男の子の目に、みるみる涙があふれました。
「わあっ!」と声を上げて泣き出した男の子は、走っていって、ヨセフさんにしがみつくと、大声で言いました。
「ヨセフさん、馬小屋にいかないで! 僕の家に来て!僕の家に来て!」
劇は中断しました。教会学校の先生が舞台に飛び上がって、泣いてヨセフさんにしがみついている男の子を引き離しました。劇はめちゃくちゃになってしまいました。けれど、、長い村の歴史の中で、これほど感動を呼んだ「キリスト降誕劇」は、後にも先にもなかった、ということです。

「イエスさま、どこにも行かないで。僕の家に来て。」
「イエスさま、私の心の中にお入りください。」
これこそクリスマスの真実を体験するための祈りです。昨日は、このように祈り、心の家にキリストを迎えられた方の洗礼式も行われ感動でした。2017年も残りわずか、今週も大切なことを大切に。

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クリスマスの祈り

クリスマス礼拝
聖歌隊によるキャンドルサービスと降誕劇
メッセージ 「クリスマスの祈り」
聖書 ヨハネによる福音書3の16

神さま、クリスマスをありがとうございます。
みなさま、クリスマス、おめでとうございます。

今年もたくさんの方々とクリスマスをお祝いすることができて幸せでした。
クリスマスをくださった神さまとご来会くださったみなさまに心から感謝いたします。
心からメリークリスマス!

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ドアノブは?



すべての人を照らすまことの光があって世に来ました。世とはこの世界のこと、また私たちのことです。世は言(キリスト)によって、彼のために造られたのに、彼に気がつきませんでした。彼は自分のところに来たのに、自分の民は彼を受け入れることができませんでした。
閉ざされた扉こそ私たちの現実です。確かに、あの日あの時、この扉を開いて世の光であるキリストを迎えたはずなのに、いつの間にか、気がつけば、キリストを外に追い出していると言うことはないでしょうか。
ホルマン・ハントが描いた「世の光」という絵にはこんな逸話があります。ハントがこの作品を完成したとき、彼の友人のひとりがアトリエまでこの絵を見に来ました。友人はその優美さに目を見張り、作品に込められた霊的な意味を見て取りました。しかし、しばらくして、友人はハントに言いました。「とても美しい絵だがね、一箇所だけまちがいがある。」画家は驚いて言いました。「まちがいって?一体どこだい。服や手の描写にまずいところがあるかね。」友人は答えました。「いや、そうじゃないさ。まちがいはほら、この戸だよ。とても美しく描かれているがね、ドアノブを描くのを忘れただろう。」ハントは友人に説明しました。ドアノブが描かれていないのは、決してまちがいではない、と。
もし外側にノブがついていれば、キリストの方から開けて入ることができるでしょう。しかし、この戸は、中からしか開けられないのです。「だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」つまり、キリストの声、戸をたたく音を聞いたなら、私たちが応答しなければならないということです。
さあ、感謝と喜び、愛を込めて、自分の意志で、堅く閉ざしていたその重い扉を開きましょう。「愛する主よ、どうぞお入りください」と。

自分の力だけでもがき、挫折してきたことが、招き入れた方の力によって、可能性へと変えられていく。これこそが、瀕死の世界に新たないのちの希望をもたらす福音なのです。 Open the door! Now!

明後日、12月24日はクリスマス礼拝です。聖歌隊のキャンドルサービスと降誕劇を中心にした音楽礼拝です。ぜひお出かけください。こども部屋もあります。家族そろってお出かけください。

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