聴くドラマ聖書



10月31日と言えば、巷ではすっかりハロウィーンですが、教会では、あのマルチン・ルターが1517年にヴィッテンベルク城教会の扉に95カ条の提言(公開質問状)を貼り出した歴史が動いた日、世に言う「宗教改革記念日」です。中世において、聖書と言えばラテン語訳の聖書を指していた時代に、ルターは聖書をドイツ語に訳し、だれでも自分の言葉で読むことができるようにしたのです。ですから、宗教改革とは、当時の腐敗した教会へのプロテスタント(抗議)ではなく、聖書を読む運動、聖書に帰る運動であったということです。
読書の秋、しっかりと聖書を読んでいただきたいと思います。とは言え、活字離れが進み、なかなか本の売れない時代に、ぜひ皆さんに紹介したいものがあります。それが「聴くドラマ聖書」というアプリです。無料でスマホやタブレットにダウンロードして聖書を聴くことができます。聖書66巻がドラマ仕立てで朗読され、テレビなどでお馴染みの俳優さんが聖書を朗読しています。
コミュニティで聖書を聴くというバイブルクラブというプログラムもあって、日本中に聖書を広めようというすばらしい働きです。1年半の準備を経て、アメリカ、韓国に続き、日本でもこの秋、ついにリリースされました。
この壮大なプロジェクトは、一人のビジネスマンの挫折から始まったということが冊子に書かれていました。ウォールストリートで活躍していたビル・ファンが事業に失敗しました。葛藤の中、牧師の息子であった彼は、自分のルーツとも言える聖書のオーディオブックに手を伸ばして聴きます。すると落胆していた心に、聖書の言葉が沁みました。再び立ち上がる勇気を得た彼は、一つのビジョンを持ちます。聖書の言葉を聴くことによって、生きる力を得る聖書アプリを作る文化財団を立ち上げること。それを特に社会から疎外されている人に届けること。彼は、G&M(Grace and Mercy )Foundation、恵みと憐れみ財団を設立し、このアプリを完成させたのです。
財団の小冊子に細かい文字でこんなことが書いてあります。日本人の毎日の平均通勤時間は往復で79分。ドラマ聖書は全体で150時間、9000分。毎日通勤中に聴くと、100日程度で旧新約聖書をすべて聴くことができます。通勤通学の電車や車の中で、家事をしながら、ジョギングやウォーキングのあいまに、聖書に親しみ、聖書から神の声を聴く、これは新しい宗教改革なのかも知れません。ぜひお試しください。

今週も大切なことを大切に。

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成し遂げられた

11月のオープン礼拝(秋の召天者記念礼拝)
礼拝メッセージ 「成し遂げられた(後編)」
ヨハネによる福音書シリーズ(180)
聖書 ヨハネによる福音書19章28-33節

19:28 この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。
19:29 そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。
19:30 イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。
19:31 その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であったので、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに願い出た。
19:32 そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた最初の男と、もう一人の男との足を折った。
19:33 イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、その足は折らなかった。

今週も礼拝の恵みに感謝。

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11月のオープン礼拝



今日から11月ですね。
次の日曜日は11月のオープン礼拝です。
テーマは「いのちの使い方」。
イエス・キリストが十字架の上で語られた言葉から学びます。

毎月第1日曜日は、教会は初めてと言われる方にも入りやすいオープン礼拝です。
ぜひお出かけください。弥富公園東、丘の上の教会です。
入場無料、駐車場あり、お子さま同伴も歓迎します。
日曜の朝10時30分から。

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新しい歌

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
詩編96編から。

96:1 新しい歌を主に向かって歌え。
全地よ、主に向かって歌え。
96:2 主に向かって歌い、御名をたたえよ。
日から日へ、御救いの良い知らせを告げよ。
96:3 国々に主の栄光を語り伝えよ。
諸国の民にその驚くべき御業を。

今週は、秋の聖会の感謝をわかちあい、『あかしびと21』にも掲載されている教会音楽部セミナーのメッセージを学びました。

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永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音



昨日の聖会で、マルコによる福音書からメッセージが語られました。
パピアスという歴史家(教父)は、マルコによる福音書について、こう書き残しています。「ペテロの通訳者であったマルコは、かつてキリストが言われ、行われたことについて回想したことのすべてを正確に記述した」と。つまりマルコの福音書は、ペテロの説教を記録したものだというのです。いくつかの特徴を挙げてみます。
マルコ福音書はとても簡潔です。ウェストコットは「実物からの写し」と言い、ブルースは「写実主義的」と言っているように、飾り立てずにありのままのイエスを描いています。
マルコ福音書は、その主張するところもシンプルです。1章1節、「神の子イエス・キリストの福音」が強調されると同時に、人々の畏れと驚きがくり返し描かれています。
マルコ福音書は、目撃者でなければ書けない、細かなで生き生きした描写が多く見られます。
マルコ福音書の文体は、磨かれたものではなく、子どものようです。とにかく「また」という接続詞を使って物語が進められていきます。そして「すぐに」という言葉がくりかえし使われ、休む間もなく、神と人々への奉仕のために明け暮れる僕なるイエスの姿が描かれています。別名「行動する福音書」と呼ばれる所以です。文法的には歴史的現在形を好んで用いており、過去の出来事を現在の時制で伝えようとするのもこの福音書の特色です。
そんな福音書の最後が昨日の聖会で開かれました。「婦人たちは、命じられたことをすべてペトロとその仲間たちに手短に伝えた。その後、イエス御自身も、東から西まで、彼らを通して、永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音を広められた。アーメン。」

今週も大切なことを大切に。

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わたしはここにいる

秋の特別聖会
メッセージ 「わたしはここにいる」坂本誠治牧師(アンネのバラの教会)
聖書 イザヤ書58章9-11節、マルコによる福音書4章35-41節

イザヤ書
58:9 あなたが呼べば主は答え/あなたが叫べば/「わたしはここにいる」と言われる。軛を負わすこと、指をさすこと/呪いの言葉をはくことを/あなたの中から取り去るなら
58:10 飢えている人に心を配り/苦しめられている人の願いを満たすなら/あなたの光は、闇の中に輝き出で/あなたを包む闇は、真昼のようになる。
58:11 主は常にあなたを導き/焼けつく地であなたの渇きをいやし/骨に力を与えてくださる。あなたは潤された園、水の涸れない泉となる。

マルコによる福音書
4:35 その日の夕方になって、イエスは、「向こう岸に渡ろう」と弟子たちに言われた。
4:36 そこで、弟子たちは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。
4:37 激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。
4:38 しかし、イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と言った。
4:39 イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。
4:40 イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」
4:41 弟子たちは非常に恐れて、「いったい、この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか」と互いに言った。

午後は、「神の子イエス・キリストの福音」と題して、マルコによる福音書からメッセージが語られました。
聖会の恵みを感謝します。

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成し遂げられた



「成し遂げられた」、これはキリストが十字架の上で語られた7つの言葉の第6番目の言葉です。口語訳聖書は「すべてが終わった」、新改訳聖書や詳訳聖書は「完了した」、リビングバイブルは「すべて成し遂げた」と訳していますが、文語の『十字架の黙想』に親しんでいる方は、ラゲ訳の「成り終われリ」という響きが好きだという人もいるかも知れません。ギリシャ語では「テテレスタイ」という言葉が使われていますが、もともとは「支払い済み」「完済」という意味であり、そこから解決した、決着がついたという意味で用いられることから、成すべきことを最後までやり遂げた者だけが言うことのできる勝利の宣言と言うことができます。悪意の人は、この言葉を「万事休す」と訳し、イエスは事を成し遂げられなかった、これは敗北宣言だと言いますが、この言葉には敗北の意味は全く含まれていません。
イエスが成し遂げられたこと、もう神殿で小羊が献げられる必要がなくなったということです。別の言い方をすれば、律法の完成です。マタイ5章17節、「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。」これが父の御心を行うということでもありました。
神殿でささげるいけにえは、人間の罪を解決するために与えられた神の律法であり、礼拝の中心でした。ヘブライ人への手紙9章12節にはこう書かれています。キリストは「御自身の血によって、ただ一度(Once For All)聖所に入って永遠の贖いを成し遂げられたのです。」もう人間の罪のために、動物の血が犠牲として流される必要がなくなりました。
ですから、イエスはこう叫ばれたことになります。「聖書の巻物に私について書いてあることは、すべて成就した。モーセの時代から今日に至るまで、何世紀にもわたって、献げられてきた動物の犠牲は、手付けに過ぎなかったが、神の小羊である私の死によって、贖いは完了したのだ」と。
『キリストの最期』という本を書いたジェームズ・ストーカーによれば、「イエスが『完了した』と言われた時、全人類に向かって、『見よ、私は、だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた』と言っておられるのである」ということなのです。「成し遂げられた。」この言葉がある限り、「主の名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。

10月最後の礼拝は、西宮にあるアンネのバラの教会から坂本誠治牧師をお招きしての信徒聖会です。

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謙遜、従順、献身

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
フィリピの信徒への手紙2章から。

2:5 互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられるものです。
2:6 キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、
2:7 かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、
2:8 へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。

今日は神学生が、言泉集『パウロ獄中書簡』からお勧めをしてくださり、日曜日の聖会のために祈りが積まれました。

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白鳥の歌



昨日の中日春秋から。
白鳥は死の間際に最も美しい声で鳴く。西洋で古代から語り継がれる「白鳥の歌」の伝説である。辞世や絶筆、生前最後の言葉の例えとして、文芸などの世界で使われてきた。論語の中にも似た一節がある。「鳥のまさに死なんとする、その鳴くや哀し。ひとのまさに死なんとする、その言や善し」。死に臨んだときに口にする言葉は、純粋で真実に満ちている。
この後、台風19号で犠牲になられた方の話題が続きます。私たちはヨハネによる福音書から十字架の言葉を学んでいますが、キリストが死に臨んだときに口にされた、純粋で真実に満ちた言葉。それもまた「白鳥の歌」なのです。

今週も大切なことを大切に。

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成し遂げられた

礼拝メッセージ 「成し遂げられた(前編)」
ヨハネによる福音書シリーズ(179)
聖書 ヨハネによる福音書19章28-30節

19:28 この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。
19:29 そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。
19:30 イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。

今週も礼拝の恵みに感謝。

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