横顔

profile
十一番目の弟子は、なんとか熱心党員シモンに決めることができた。この男はカナの出身である。熱心党というのは、パリサイ派の中の過激派のことである。彼らは政治的には反体制派の立場に立ち、武力によってローマの支配を覆そうとしていた。この派の者たちは、ローマの手先となって働く取税人たちを、衣服の下に忍ばせた小刀で殺害することがよくあった。元取税人のマタイは、最初は熱心党員のシモンに危害を加えられるのではないかと恐れたが、その気遣いは不要であることがわかると、自分の方から接近していった。いずれにしても、取税人マタイと熱心党員シモンのような政治的には両極端にいる者が、イエスを中心に調和を保つことができたのは、まさに奇跡である。
---中川健一著「日本人に贈る聖書ものがたり」靴茲

イエスが祈りに祈って選ばれた12名の横顔を眺めると面白い。十人十色とは言うが、12人は12色を持ったかなりの個性派集団だ。12人というスモールグループに、よくぞここまで性格も価値観もちがうメンバーを揃えたものだと感心する。しかし、彼らがイエスを中心に一つとなり、愛の共同体を形成していくのだ。これが教会の原型であり、神のドリームチームなのだ。それは「ちがいとの出会い」の場でもあったにちがいない。
童話詩人の金子みすゞさんの「小鳥と鈴とわたし」は、「みんなちがって、みんないい」というフレーズでブレイクした。彼女はクリスチャンではなかったが、大正末期から昭和初期にかけて、みんなが「右へならえ」「前へ進め」と言わた時代に、ちがいを認め、ちがいを楽しめた心の豊かな存在だと思う。12人の使徒たちの横顔を眺めながら、ちがいを楽しんでほしい。
夏の全国高校生大会まで、ちょうど1ヶ月となった。これまでたくさんの高校生たちと出会ってきた。時代と共に服装もヘアスタイルも、ライフスタイルも変わってきた。でもみんないい高校生たちだった。今年はどんな顔ぶれが集まってくるのか。私もちがいを楽しめる男になりたい。

今日は七夕、銀河を股にかける壮大な物語を思いつつ、北海道では洞爺湖サミットが始まる。山積する国と国の問題、地球規模の課題があるが、星に願いをかけるのではなく、月と星を創造し、運行しておられるお方を賛美してほしい。
「神は北斗やオリオンをすばるや、南の星座を造られた。」ヨブ9の9

comments(2)  |  trackbacks(0)

edit  top

石ころ

pick up
あるユダヤの賢人が次のような興味深い話を書き残しています。

あるとき、彼の弟子の一人が質問しました。
「先生、真理はどこにでもあると言われますが、それはまるで道に落ちている石ころのようなありふれたものなのでしょうか?」
「そのおとりだ。だからだれにでも拾うことができるんだよ。」
「では、どうして人々は拾わないんですか?」
「真理という石を拾うためには身をかがめなければならないだろう。多くの人にとって難しいのは、身をかがめることなんだよ。」

この話は、謙遜にならなければ真理をみつけることができないという話です。
明日は7月のオープン礼拝です。聖書の中から偉大な真理を発見し、それを拾って自分のものとするために、さあ身をかがめましょう。

comments(2)  |  trackbacks(0)

edit  top

deep breathing
また、ほかの安息日に、イエスは会堂に入って教えておられた。そこに一人の人がいて、その右手が萎えていた。---ルカ福音書6の6

医者であったルカは、その萎えた手が「右手」であったことに注目しています。伝説によると彼は石工であって、左手にのみを、右手にハンマーを持って石を切り出していたのです。ところが、その大切な右手が使えなくなってしまいました。彼は、萎えた右手をぶら下げるようにして、会堂の隅に立ち、ため息をついていたのではないでしょうか。憐れみ深い主は、安息日の礼拝の真ん中に彼を導き、萎えた手を元どおりにしてくださいました。息の詰まる思いでそこに立っていた彼にこそ、真の安息が必要であったのです。マタイ福音書の平行箇所には、物語の続きに慰めに満ちた言葉が記されています。「彼は、傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心を消さない。異邦人は彼の名に望みをかける」と。

神学校に入学してから夏休みまで、何度か眠れぬ夜を過ごしたことがあります。周りのみんながすばらしく見え、自分だけが罪深く、何のとり得もないように思えました。ホームシックというやつかもしれませんが、もう帰りたいとも思いました。息の詰まるような毎日・・・。夏休みに帰省し、母教会の先生にそんな話をしました。9月になり、二学期が始まった頃、母教会の先生から誕生日のカードが届きました。「毎日、ゆっくり息をしていますか?」と書かれていました。自分ではどうにもならない問題に今にも折れそうになっていた私でしたが、その一言で肩の力が抜け、もう一度、ただひとり、主の御前に立ち、主の安息を得ました。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

葦
パスカルは言った。「人間は一本の葦に過ぎない。自然の中でいちばん弱いものだ。だが、それは考える葦である」と。
水辺に群生する葦が風に揺られている光景を見たことがあるだろうか。か弱い葦は一本だけで立っていることはできない。葦とは、ひとりでは生きられない存在、傷つきやすく、折れやすい、弱くて頼りにならないもののシンボルなのだ。もう使い物にならなくなった男の右手は傷ついた葦のようだっただろうか。その手ではもう何も掴むことができなかった。どんなにすばらしい神の祝福が目の前にあったとしても、手を伸ばし、それがつかむことができなかった。それが、私たちの現実なのだ。
しかし、知ってほしい。憐れみ深い主は、どんな傷ついた葦をも折らず、どんなくすぶる灯心をも消すことのないお方だと言うことを。だから、だから私たちは彼の御名に望みを置く。彼の御名に!

今日と明日の二日間、夏休みに予定されている全国高校生大会の準備会が京都でもたれます。第1回目の大会が、京都府立ゼミナールハウスで開催されたのが89年のことでした。あれから20年、毎回、神の豊かな祝福をいただいてきました。今回が11回目の大会となりますが、「原点に立つ」大会にしたいと祈り備えています。ヨハネ会のみなさん、ぜひ祈ってください。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

立ち上がって

Follow me
徴税人アルファイの子レビと言えば、「マタイによる福音書」を著したマタイのことである。その名から察するに、相当宗教的な家の出のようだ。そんな彼が、ガリラヤ湖畔のカファルナウムで通行税を集めていた。通行するものは魚一匹に到るまで容赦なく税を取り立てたと言われるから、シモンもヨハネもずいぶん泣かされたにちがいない。徴税人は、金のために自分の国と魂を売り渡した売国奴と見なされていた。当時の社会では完全なアウトキャストである。そんな彼が、収税所に座って仕事をしていたときに事件は起こった。イエスが彼の前に立ち止まられたのである。
イエスの深く澄んだ眼差しは、彼の過去も現在も未来も見通しているようだった。レビはあわてて視線を逸らし、机の上にあった帳簿に目を落とす。彼は今のような生活から抜け出したかった。不正と悪に染まった今の生活から。しかし、そこから立ち上がる勇気はなかったのだ。イエスは彼に言われた。彼はその声を聞いた。「わたしに従いなさい。」
彼は、この収税所に座り続けてきたのは、まるでイエスの声を聞いて立ち上がるためであったかのように、即座に立ち上がった。そして、イエスに従った。
「立ち上がって」、ここに彼の並々ならぬ決意がある。網を置いて従ったシモンと比べることはできないが、彼らはまた漁師に戻ることができた。しかし、レビはそこを立ち去ったなら、その職に再び就くことは不可能であった。すぐにでも別の誰かがそのポストに就く。それでも彼は立ち上がった。主が彼を見つけて、呼ばれたから。
レビを招かれた主が、私たちを招いている。「朽ちる食物のためではなく、永遠の命に至る朽ちない食物のために働け」と。
---The Calling of Levi

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

頭を下げて!


ベンジャミン・フランクリン(1706-1790)は、アメリカの政治家、科学者、著述家として広く知られています。その彼が、青年時代に清教徒の説教家コットン・メイザーを尋ねた時の経験について、次のように書いています。

メイザー牧師は、私を家の中に案内してくれました。入口に近づくと、そこには低い位置に横棒が取り付けられていました。私はそれには気づかずに、彼に話しかけながら前に進んでいました。すると突然彼が、「頭を下げて、頭を下げて」と叫び始めました。彼が何を言いたいのかわからないでいると、次の瞬間、私は横棒に頭をぶつけてしまいました。
その時、メイザー牧師は私にこう言いました。「あなたは若く、あなたの前には前途洋々とした世界が広がっています。その世界を通過する際に必要なことは、頭を下げること、屈むことです。そうすれば、あなたは多くの災難から自分を守ることになるでしょう。
その助言は、私にとって非常に有益なものでした。私は、傲慢になって頭を上げ過ぎないように注意しました。そして、多くの災難を回避することができたのです。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

トライアスロン

triathlon
マックス・ルケードは、自らの体験をこう話している。

先日、ハーフ・トライアスロン競技に参加したが、そこで健全な助言がいかに重要であるかを学んだ。1.2マイル泳いだ後、56マイルの距離を自転車で走った。その時点で、ほとんどの力を使い果たしてしまったが、まだ13.1マイルのマラソンが控えていた。私の隣を走っていた男も疲れきっていた。私は彼に調子はどうかと話しかけたが、すぐに声をかけたことを後悔した。「最悪だよ。このレースに参加したのは、俺の人生で最悪の決断だった。」彼は税務署で税金を払う人が口にする以上の不平不満を、次々に並べ始めた。それを聞いているうちに、私も彼の不満に同意し始めた。これはまずいと思ったので、速度を上げて、66歳のおばあちゃんの隣を走ることにした。彼女の口調は先ほどの男とは正反対だった。
「大丈夫。必ずゴールできるから」と彼女は励ましてくれた。「暑いことは確かね。でも、雨が降っていないのは幸いよ。一歩一歩よ。・・・水分補給を忘れないでね。・・・あきらめちゃだめよ。」彼女のそばを走っているうちに、心が引き上げられてきた。しかし、足が痛くなったので速度を緩めた。すると彼女は、「問題ないわ」と言い残して、先に進んで行った。
人生というトライアスロン(鉄人レース)。あなたはどちらの助言を選びますか?

今日も名古屋はいい天気です。でも明日から曇りや雨の日が続くようです。明日は名東区の家庭集会が予定されています。毎回、和やかな集まりになる恵まれた集会です。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

ダウンロード

iTunes
2006年のクリスマス・シーズン、アップル社のiPodとiTunesのギフトカードは、人気商品となりました。その結果、アップル社の幹部でさえも予想しなかった事態が発生しました。

クリスマスの朝、ギフトカードをもらった人たちが、音楽のダウンロードをするためにiTunesuストアにアクセスし始めたのです。その数がインターネット回線の容量を超えたために、多くの人がエラーメッセージを受け取りました。また、1曲のダウンロードのために20分かかった人たちも出てきました。あまりにも多くのユーザーが同時にアクセスすると、アップル社のサーバーがパンク状態になり、機能しなくなるのです。マックワールド・マガジンの編集長であるダン・フレイクスは、「ストアそのものは機能していたのですが、アクセス数が多すぎたのです」と弁明しています。

感謝なことに、神に関しては「容量オーバー」ということはありません。どれほど多くの祈りがささげられようとも、神のサーバーがパンクすることはないのです。

今日は岐阜で聖職者会が持たれました。祈り会のお勧めで、最近、岐阜教会で起こった出来事を通して、祈りは答えられるということ、私たちの神は生きておられるということを証してくださり、一同祈りに導かれました。
今日も神の祈りのサイトにアクセスし、祈りの答えをダウンロードさせていただきましょう。主よ、私に答えてください! Hear me! O Lord, hear me!

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

bowl
この世における神の現実は、静かに降る雨のようなものである。
私たちの心には、ボウル(鉢)が与えられている。それを使えば、神の現実を簡単に受け止めることができる。そのためには、ボウル(鉢)を胸の前に差し出しさえすればよいのだ。しかし、それを上向に差し出すか、下向きに差し出すかで、結果は全く違ったものとなる。
二心のない人は、ボウル(鉢)を上向に差し出し、神に関する真理、また神からの恵みを受け取る準備をすることだろう。
---Rich Hansen

明日は教区のマリア会(婦人会)のミニ修養会が名古屋で開催されます。講師は嵯峨野教会の大槻享子先生です。礼拝では、母・大槻筆子先生の信仰とその生涯になされた神の御業を証してくださることになっています。午後は4時までの短いプログラムですが、きっと恵みにあふれる修養会になることでしょう。神の現実を受け取るために、さあボウル(鉢)を差し出しましょう。向きを間違えずに。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

歩く歩道

Moving Sidewalk
牧師であり著作家でもあるトニー・エヴァンズは、次のような経験をした。

ある日、私は飛行機に乗ろうとして空港の中を急いで歩いていた。汗を出し、息を弾ませながら歩いていたが、右横を見ると、ひとりの男が私よりもゆっくり歩きながら、しかも私よりも早く進んでいた。動く歩道の上を歩いていたからだ。

私たちも聖霊にあって歩むなら、聖霊なるお方は私たちの下から私たちを支えてくださる。私たちは自分の足で歩いているのであるが、聖霊に信頼しながら歩いているのである。聖書は勧める。「御霊によって歩きなさい。」(ガラテヤ5の16)

今日は8月にもたれる全国高校生大会の準備会です。全国から120名の高校生が大会に申し込んでくれました。第一回大会から数えて20年目を迎えます。今日まで豊かな祝福をいただいた大会がさらにアップグレードされたものとなるように祈り準備したいと思います。全国のヨハネ会のみなさんも、ぜひお祈りしてください。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.
Join me on Facebook Follow me on Twitter Subscribe to RSS Email me