徹頭徹尾、イエスとの出会い

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
ヨハネによる福音書7章から。

7:38 わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。

今週は『あかしびと』の7月号から、2つの記事を紹介し恵みをわかちあいました。
全国中高生大会で恵みをいただいた中高生たちも夕方には帰って来ます。
8月も後半、残された夏の集会と秋に向かって計画されている集会のために祈りを積みました。

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継ぎ目のない重なり



自らを「イエスの愛しておられた弟子」と呼ぶヨハネは、1世紀の終わりに福音書を記しました。すでに90歳になっていたでしょうか。白髪の老人です。彼は、もう半世紀以上前のことを思い出しながらと言うよりも、これまでの長い信仰体験を通して深められたイエスの言葉と業に新しい息吹を吹き込みながら福音書を記しました。イエスから直接聞いたあの日にはわからなかったイエスの言葉を、彼は一つ一つ体験しながら理解し深めていきました。
ヨハネ福音書の3章を学んだ時にこんな話しをしたのを覚えているでしょうか。あの16節はだれの言葉かという話です。すぐ前の3章10節に「イエスは答えて言われた」とありますが、その言葉はどこまで続くのでしょう。新共同訳では、カギ括弧が21節まで続きますので、16節を含め、そこまでイエスの言葉ということになりますが、もともとの写本には章も節もなければ、句読点も引用符もないので、イエスの言葉がどこまで続くかは、解釈と翻訳の問題になります。ちなみに、私の持っているほとんどの聖書は15節でカギ括弧を閉じ、16節からは、ヨハネ自身による福音の告知であるかのように編集しています。このイエスの言葉とヨハネによる福音の告知との「継ぎ目のない重なり」もこの福音書の特徴でした。イエスとニコデモとの対話を伝えるヨハネの筆は、いつの間にかすべての人に語りかける福音の告知へと移っていくのです。考えてみれば、3年半、イエスのすぐそばで、イエスの言葉を聞き続けたヨハネが、半世紀以上の間、多くの苦しみと試練の中で、それを語り続けているうちに、語っているのがイエスの言葉なのか、自分の言葉なのかわからない、継ぎ目がないほど重なりあったとしても不思議ではありません。
そういう意味において、ヨハネ福音書の14章から始まり16章まで続いた、十字架の前夜、最後の晩餐が終わった後、弟子たちに語られたイエスの最後の教えも、ただ単に暗記して記録したイエスの言葉というよりも、ヨハネのうちで体験を通して深められたイエスの言葉、その福音の告知なのです。イエスの十字架と復活、そして昇天の後、ついに約束された真理の御霊が遣わされ、イエス・キリストが弟子たちの内に住まわれるという、イエスと弟子たちとの新しい愛の関係が始まりました。それから半世紀、キリストの教会が建て上げられていく、激しい迫害と試練の時代、信仰が揺さぶられる時代を通過しながら、ヨハネはイエスの言葉を初代教会の信徒たちに語り続けたのです。「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたは世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」と。

今週も大切なことを大切に。

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Arise(起きなさい)

礼拝メッセージ 「Arise(起きなさい)」
聖書 ヨハネによる福音書16章31-33節ほか
ヨハネによる福音書シリーズ(134)

16:31 イエスはお答えになった。「今ようやく、信じるようになったのか。
16:32 だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。
16:33 これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」

ルカによる福音書
7:13 主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。
7:14 そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。
7:15 すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。

今週も礼拝の恵みに感謝。

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平安と勝利



十字架の前夜、最後の晩餐が終わった後、弟子たちに語られたイエスの最後の教えが終わろうとしています。14章から、時折弟子たちとのやり取りをまじえて進められてきたイエスの最後の説教も16章で終わり、続く17章全体はイエスの祈りになります。ここに至って、弟子たちは言いました。「今は、はっきりとお話になり、少しもたとえを用いられません。あなたが何でもご存知で、だれもお尋ねする必要のないことが、今、分かりました。これによって、あなたが神のもとから来られあなたがたと、わたしたちは信じます。」これはこの時点で、弟子たちにできる精一杯の信仰告白でした。しかし、この後、「あなたがたが散らされて自分の家に帰っていまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている」とイエスが語られたとおり、弟子たちは「信じます」と言った言葉をキャンセルして、イエスを独り置き去りにしていなくなってしまうのです。
イエスはそんな弟子たちに向かって、一連の教えの最後の言葉として、励ましと慰めに満ちた言葉を語られたのです。「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたは世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」
この夜語られたイエスの最後の教えは「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」との言葉で始まり、「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える」と続き、最後の最後に、もう一度「あなたがたがわたしによって平和を得るためである」で閉じられていきました。実際は、とても心穏やかではいられない状態、まるで嵐に弄ばれる小舟のように、弟子たちは動揺し、動転していました。そんな弟子たちに、イエスがどうしても遺していきたかった贈り物、それが心の平安だったのです。イエスを信じたからと言って、世にあって苦難や悲しみ、あるいはストレスやプレッシャーがなくなるというのではありませんが、そんな不安や悲しみの嵐の中でも安心していられる心の平安があるのです。
新約聖書にある13の手紙を書いたパウロという人物は、大きなプレッシャーを受けた時のことをコリントの信徒への手紙に書いています。「わたしたちは絶えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました。わたしたちとしては死の宣告を受けた思いでした。それで、自分を頼りにすることなく、死者を復活させてくださる神を頼りにするようになりました。・・・神に感謝します。神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせて・・・くださいます。」
You raise me up・・・、この方が勇気を与え、立ち上がらせてくださるから、どんな山も荒海さえも乗り越えて行くことができるのです。I am strong when I am on your shoulders、その肩に寄りかかるとき、私は強くなれるのです。

キャンプに続き、明日は志摩の教会での土曜礼拝です。

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若者よ、起きなさい

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
ヨハネの手紙一5章から。

5:20 この方こそ、真実の神、永遠の命です。

今週は、サマーキャンプの感謝な報告に続き、来週持たれる全国中高生大会の準備として、大会で取り組まれるリバイバル・メッセージをみんなで取り組みました。

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You raise me up



昨日の礼拝で、聖歌隊がシベリウス作曲「フィンランディア」の旋律から、賛美歌「安かれわが心よ」と、アイルランドのミュージシャン、シークレット・ガーデンの楽曲で、多くのアーティストによってカバーされている「You raise me up」をメドレーで賛美しました。「You raise me up」は元々、大切な人が一緒にいてくれることでどれほど強くなれるかを謳った所謂ラブソングですが、賛美歌のような旋律や聖書に通じる歌詞から、今では世界中の教会で歌われています。日本では、トリノオリンピックの女子フィギュアスケートで金メダルを獲得した荒川静香さんが、エキシビションでこの曲を使ったことで有名になりました。彼女もスランプで落ち込んでいた時期に、この曲を聴いて大きな励ましを得たそうです。
「苦しみ悩み迫り、心が弱る時」と歌い始められ、サビの部分では「You raise me up」、あなたが引き上げてくれるから、あなたが支え、励まし、慰め、勇気を与え、立ち上がらせてくれるから、あの山の上に立つことができる。荒れた海も渡ることができる。本当の自分になれると歌われます。
礼拝で学んだ聖書の言葉です。ヨハネによる福音書16章33節、「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたは世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」
リビングバイブルでは、「確かに、この世では苦難と悲しみが山ほどあります。しかし、元気を出しなさい。私はすでに世に勝ったのです」と訳され、詳訳聖書では、「世にあってはあなたたちには患難<試練、困難、挫折>がある。しかし元気でいなさい<堅く信じ、おくせずにいなさい>。私が世に勝ったからである<私は〔あなたたちのために〕世を征服した、からである>」と訳されていました。
今週も、気落ちした者を力づけてくださる神を見上げ、歩んで行きましょう。

今日から教会学校のキャンプです。
今週も大切なことを大切に。

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勇気を出しなさい

8月のオープン礼拝
礼拝メッセージ 「勇気を出しなさい(You raise me up)」
ヨハネによる福音書シリーズ(133)

16:29 弟子たちは言った。「今は、はっきりとお話しになり、少しもたとえを用いられません。
16:30 あなたが何でもご存じで、だれもお尋ねする必要のないことが、今、分かりました。これによって、あなたが神のもとから来られたと、わたしたちは信じます。」
16:31 イエスはお答えになった。「今ようやく、信じるようになったのか。
16:32 だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。
16:33 これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。

今週も礼拝の恵みに感謝。

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父のもとから出て、世に来た



「わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く。」
この短い一文にイエスの一生が、その使命が要約されています。前半は、イエスの受肉と十字架を、後半は、復活と昇天を表していると言えるでしょう。また、この一文はイエスの神性宣言でもあります。旧約聖書ヨブ記の1章には「わたしは裸で母の胎から出た。裸でそこに帰ろう」とありますが、人間の生涯はすべてこのヨブの一語に尽きます。しかし、イエスは父から出て世に来られ、また世を離れて父のもとに帰ろうとしておられるのです。これはヨハネ福音書が冒頭から強調し、ここに至るまで、何度もくり返し語ってきたメッセージです。
ヨハネは開口一番、何のためらいもなく、語り始めました。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。・・・言は肉(体)となって、わたしたちの間に宿られた。・・・いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子の神、この方が神を示されたのである。」「天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。」キリストが父のもとを出て、世に来られた目的はただ一つです。「神は、その独り子お与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」
マイケル・チャンの祈りを覚えていますか。私たちも彼と共にひさまずいて祈りましょう。「イエスさま、私の心の中にお入りください。あなたの目的のために私を変えてください。」

猛暑、酷暑、激暑、炎暑、極暑・・・。どこまで行くのでしょう。
若者たちは「鬼暑い(おにあつい)」と言うそうです。
週末に向け、元気でお過ごしください。

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若者よ、起きなさい

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
ルカによる福音書の7章から。

7:13 主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。
7:14 そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。
7:15 すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。

夏のリバイバルメッセージ「若者よ、起きなさい」を、36年前、大槻牧師が指導してくださった映像で学びました。高校2年生の頃、このメッセージで復唱説教によるメッセージ特訓がはじまりました。初心に戻る思いで懐かしい声に耳を傾けました。この夏、新たにいのちの主に触れていただくことを期待しつつ。

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8月のオープン礼拝



暑中お見舞い申し上げます。
暑い日が続きます。体調にはくれぐれもご留意ください。
明日から8月ですね。
毎月第一日曜日は、教会は初めてと言われる方にも入りやすいオープン礼拝です。
ぜひお出かけください。弥富公園東、丘の上の教会です。
入場無料、駐車場あり、お子さま同伴も歓迎します。

オープン礼拝は、日曜の朝10時30分から。
弥富公園東、丘の上の教会。

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