この時

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
使徒言行録1章から。

1:4 そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。
1:5 ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」
1:6 さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。
1:7 イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。
1:8 あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」

口語訳では、「主よ、イスラエルのために国を復興なさるのは、この時なのですか」との問いに、イエスは「ただ、聖霊があなたがたにくだる時」と答えられます。明日から京都での秋期聖会、「この時」を待ち望みます。

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人生、それは出会いの場



昨日は聖イエス会を創立した大槻先生の記念日でした。大槻先生は「人生、それは出会いの場」というメッセージの中に、第2代国連事務総長ダグ・ハマーショルドと宗教学者マルチン・ブーバーとの出会いのことを記しています。ハマーショルドは1956年のスエズ動乱に国連軍を派遣して平和維持機構をつくり、1957年にはコンゴ独立後の紛争解決に尽力し、ノーベル平和賞を受賞していますが、彼は敬虔なクリスチャンで、亡くなる2ヶ月前の日記にこう記しています。感動的な祈りです。
「神よ、私たちを憐れみたまえ。私たちの努力を憐れみたまえ。私たちが愛と信仰とに満ち、正義を尊び、へりくだって御前に出で、おのれを捨てて忠実を守り、勇気をもって、あなたの御足の後について行けますように。そして、私たちが静けさのうちに、あなたに出会えますように。あなたの御姿が見えるように、きよい心を与えたまえ。御言葉が聞けるように、慎ましい心を与えたまえ。あなたにお仕えできるように、愛する心を与えたまえ。あなたのうちに生きられるように、信じる力を与えたまえ。アーメン。」
彼が亡くなる前夜、宿泊したホテルのベッドの脇には、トマス・ア・ケンピスの著書「キリストに倣う(イミタチオ・クリスティ)」が残されていたそうです。この書は中世ヨーロッパで愛された信仰訓練のための黙想書で、今も世界中のクリスチャンが愛読しています。ハマーショルドは、マルチン・ブーバーとの出会いを通して、また中世の霊的書物との出会いを通して、その信仰を深めていったのでしょう。

今週も大切なことを大切に。

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愛に生きる共同体

礼拝メッセージ 「愛に生きる共同体」
聖書 ヨハネによる福音書13の33ー35
ヨハネによる福音書シリーズ(103)

13:33 「子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたはわたしを捜すだろう。『わたしが行く所にあなたたちは来ることができない』とユダヤ人たちに言ったように、今、あなたがたにも同じことを言っておく。
13:34 あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
13:35 互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」

一週早いですが、敬老祝福のお祝いしました。
今週も礼拝の恵みに感謝。

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新しい掟



イエス・キリストが十字架にかけられる前夜、最後の晩餐の席でのことです。イエスは自分に残されている時間が少ないことを強く意識しながら、その時間を大切に使われます。まず弟子たちの足を洗い、身をもって愛と謙遜の模範をお示しになりました。そして、ユダが出て行くと、「人の子は栄光を受けた」と前置きされ、弟子たちに「新しい掟」を語られました。
「新しい掟」とは何でしょう。聖書に出て来る「掟」とは、旧約聖書の律法のことですが、イエスは自らが「天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない」と言われた旧約の律法に、まるで新しい1ページを書き加えるかのような発言をされたことになります。ある時、律法の専門家がイエスのもとに来て尋ねました。「律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」するとイエスは、「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は(つまり旧約聖書は)この二つの掟に基づいている」とお答えになりました。
神を愛し、神に愛されている自分を愛し、その愛で他者を愛する。三つの愛です。この三つの愛を集約して、イエスは「新しい掟」を語られたのです。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と。
二つの新しさがあります。一つは「わたしがあなたがたを愛したように」という愛の標準です。もう一つは、「互いに」という言葉です。「隣人」という場合、隣人は私から見て隣の人。つまり私が出発点なのですが、「互いに」という場合は、出発点が私だけではありません。私たちが出発点です。「Identity(自己、自我)」という言葉はよく使われますが、こんな言葉を聞きました。「WEdentity」、これは造語ですが、私と他者という考えを超えて、私たちと考えて生きるということです。
十字架の死を目前にして、イエスが直々に命じられた新しい掟。イエスが愛したように、私たちが互いに愛し合うこと、ここに聖書全体がかかっているというのです。キリスト教は愛の宗教です。言うは易く行うは難し、自らの愛の乏しさに泣きたくなることもありますが、そんな時、あのメッセージを思い出しましょう。「自分には愛がないと思う人は、愛が一番たくさんある所に行き、そこにとどまりましょう。愛が一番たくさんある所、それは十字架です。」さあ、十字架に帰り、イエスが愛されたように、私たちも互いに愛し合いましょう。

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それだけで十分でした

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
エレミヤ書の29章から。

29:13 わたしを尋ね求めるならば見いだし、心を尽くしてわたしを求めるなら、
29:14 わたしに出会うであろう、と主は言われる。

今月は今月末に名古屋で持たれるG先生の歓迎集会のために、備えの集会になります。

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シャボン玉



この夏、105歳で召された聖路加国際病院の名誉院長、日野原重明先生が、105歳になって出版された自叙伝「僕は頑固な子どもだった」に、先生の『いのちの授業」に出た子どもたちの手紙が載っていました。

まず、女の子の手紙から。「私は日野原先生の授業を受けて初めて聴診器で心臓の音を聞きました。『ドンドン、ドンドン、ドン』と同じ間隔の音が聞こえました。その時、『聞こえた、聞こえた、よかった』と思いました。心臓は、生まれてから今まで、泣いている時、笑っている時、楽しい時、しょんぼりしている時、どんな時でも休むことなく動いているんだと思いました。そして、家族の心臓の音を考えてみました。お父さんの心臓は、きっと、やさしい音もするけれど、こわーい音がする時もあると思います。お兄ちゃんの心臓は、きっと、のんびりした音がすると思います。
そして、先生のお話で、生きていることは心も生きているんだと教えていただきました。正しい心、強い心、やさしい心、いろんなすてきな心を持って大きくなりたいと思いました。」
もう一通は男の子からの手紙です。「日野原先生お元気ですか。ぼくは、100歳以上生き、子孫たちの顔を見てみたいです。・・・話しで大切だと思ったのは戦争です。人の命をなくしてしまうからです。だからこのようなことが起こらないようにしなければならないのは『ぼくたち』です。ぼくたちが守らなければ子孫が困ります。・・・先生の演説の最後『シャボン玉』の歌が心に残りました。」

ここから日野原先生の言葉。「私は授業の終わりに、子どもたちと一緒に『シャボン玉』の歌を歌うことにしている。歌う前にこの歌詞について(野口雨情のことを)話すのだ。屋根まで飛んで、壊れて消えてしまうシャボン玉は、実は生まれて間もない子どもが死んでしまうという悲しい物語。自分に与えられている時間はやはり限りがあるけれど、その時間を大切に生きてほしいと言う思いが込められている(ある意味で祈りの歌である)ことを。」
日野原先生は、「いのちの授業」の中で、いのちとは時間であること。その時間には限りがあること。それを知っている人だけが、いのちの使い方を考え、変えることができると教え続けられましたが、ヨハネによる福音書の13章以下は、十字架の前夜、イエス・キリストが残された大切な時間を使って、弟子たちにされた最後の「いのちの授業」だったのではないでしょうか。イエスはいのちの使い方が教えてくださいます。
「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたが私の弟子であることを、皆が知るようになる。」

今週も大切なことを大切に。

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互いに愛し合いなさい

9月のオープン礼拝
メッセージ 「互いに愛し合いなさい」
聖書 ヨハネによる福音書13の31〜35
ヨハネによる福音書シリーズ(102)

13:31 さて、ユダが出て行くと、イエスは言われた。「今や、人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光をお受けになった。
13:32 神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる。
13:33 子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたはわたしを捜すだろう。『わたしが行く所にあなたたちは来ることができない』とユダヤ人たちに言ったように、今、あなたがたにも同じことを言っておく。
13:34 あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
13:35 互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」

今週も礼拝の恵みに感謝。

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雨を降り注ぎ




先日の葬儀で歌った「雨を降り注ぎ」は故人の愛唱賛美でした。
葬送式の会衆賛美で歌い、出棺前、棺をお花で飾っている間も、くり返し歌いました。

雨を降り注ぎ 恵み給うと
神は愛をもて 誓い給えり
夕立のごと あまつ恵みを
イェスよ今ここに 注ぎ給えや

雨を降り注ぎ 神の言葉の
変わりなきことを 示し給えや
夕立のごと あまつ恵みを
イェスよ今ここに 注ぎ給えや

Iさんは救いの証しの中に、永遠の命を得たときの喜びを次のように記しています。
「その時、私のうちから主の御名が溢れるように流れ出しました。
そして、それまで私の頭から肩から、体全体を重苦しく抑えつけていた重圧が、
スッと取り払われ、身も心も軽くなり、
パーッと光が差しこんだように、心が明るく清らかになり、
なんとも言えない喜びに満たされました。
心が躍り、まことに天にまで上っていくような心地でした。」

Iさんの上に、夕立のように降りそそがれた神の恵みを思い、賛美にあふれました。
葬儀屋さんが、「最後の賛美は涙が止まりませんでした」と話しておられました。

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力が出ていった

今週も祈祷会を大切に。今日の御言葉をシェアします。
マルコによる福音書5章から。

5:25 さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。
26 多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。
5:27 イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。
5:28 「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。
5:29 すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた。
5:30 イエスは、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触れたのはだれか」と言われた。
5:31 そこで、弟子たちは言った。「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『だれがわたしに触れたのか』とおっしゃるのですか。」
5:32 しかし、イエスは、触れた者を見つけようと、辺りを見回しておられた。
5:33 女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した。
5:34 イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」

この夏、くり返し開きながら、何度も飛ばされたこの箇所を、8月の最後の祈祷会で味わいました。

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9月のオープン礼拝



夏休みももうお終いですね。
次の日曜日は9月のオープン礼拝です。
オープン礼拝は教会は初めてと言われる方にも入りやすい礼拝です。
9月のテーマは「いのちの使い方」です。
ぜひお出かけください。

日曜の朝10時半。弥富公園東、丘の上の教会。
入場無料、駐車場、こども部屋あり。

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