ナルドの香油

礼拝メッセージ 「ナルドの香油・後編」
聖書 ヨハネによる福音書12の1〜8
ヨハネによる福音書シリーズ(87)

12:1 過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。
12:2 イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。
12:3 そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。
12:4 弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが言った。
12:5 「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」
12:6 彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである。
12:7 イエスは言われた。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。
12:8 貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」

今週も礼拝の恵みに感謝。

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5月のオープン礼拝



5月になりました。次の日曜日は5月のオープン礼拝です。
オープン礼拝は教会は初めてと言われる方にも入りやすい礼拝です。
5月は第2週も母の日の礼拝になります。母の日は教会で始まった美しい習慣です。
ぜひ続けてお出かけください。

日曜の朝10時半。弥富公園東、丘の上の教会。
入場無料、駐車場、こども部屋あり。

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わたしに従いなさい

GW中ですが、今週も祈祷会を大切に。
御言葉をシェアします。ヨハネによる福音書15章と21章から。

21:15 「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか。」
21:17 「わたしの羊を飼いなさい。」
21:19 「わたしに従いなさい。」

15:16 あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。

聖イエス会が創立する前の出来事ですが、福山の松永の教会で脳性小児麻痺の少年が大槻牧師の祈りによって癒されました。それはそれは感動的な証しで、私自身、その証しに何度も励まされてきました。向島滞在中、その当時の少年が、80年の生涯を全うし、天に召されたと聞き、午後の集会の後、神愛教会でもあいさつがありました。今日はその証しも、メッセージの前に紹介させていただきました。良き証しとその生涯のゆえに、御名をほめたたえます。

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神愛



昨日は、尾道の向島にある教会で御言葉の奉仕をさせていただきました。
神愛教会、素敵な名前です。

自分には愛がないと思う人は、愛が一番たくさんある所に行きなさい。
愛が一番たくさんある所、それは十字架です。
私の救いの原因である十字架、私を清め神化する十字架、私のすべてである十字架。
「主はすべてだ。」このひと言に尽きる。

聖イエス会の創立期、この島ではめざましい奇跡が起こりました。小さな島に3つも聖イエス会の教会があるのもそのためです。今回、イースター聖会と言われていたこともあり、ヨハネ福音書の11章から、2回シリーズのメッセージを祈りつつ備えて行きました。名古屋では最近5回ほどに分けて語ったものをダイエットして語らせていただきましたが、恵み豊かな集会となりました。若い頃からお世話になり、尊敬している先生方との交わりも私にとっては楽しいひと時でした。

GWですが、今週も大切なことを大切に。

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主の御名を呼び求める

礼拝メッセージ 「主の御名を呼び求める」宮本裕美先生
聖書 使徒言行録9の1〜18、ローマの信徒への手紙10の13

サウロの回心
9:1 さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、
9:2 ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。
9:3 ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。
9:4 サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。
9:5 「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
9:6 起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」
9:8 サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。
9:9 サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。
9:10 ところで、ダマスコにアナニアという弟子がいた。幻の中で主が、「アナニア」と呼びかけると、アナニアは、「主よ、ここにおります」と言った。
9:11 すると、主は言われた。「立って、『直線通り』と呼ばれる通りへ行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ。今、彼は祈っている。
9:12 アナニアという人が入って来て自分の上に手を置き、元どおり目が見えるようにしてくれるのを、幻で見たのだ。」
9:17 そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」
9:18 すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。

10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。

今週も礼拝の恵みに感謝。

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園丁だと思って



イースターの朝、空の墓の前で泣いていたマグダラのマリアの前によみがえられたイエスが現れ、話しかけます。
それがイエスだとは分からず、園丁だと思って、話し込むマリアの姿をヨハネは伝えています。
この場面を多くの画家が描いていますが、よく見るとイエスがスコップやくわなど、農具を手に持っている絵が多いのに最近気がつきます。レンブラントの作品は麦わら帽子までかぶっていて、まさに園丁です。
ある説教家が、復活の主は私たちの人生に美しい実をみのらせる園丁のように臨み、私たちがエデンの園で失ったものを、復活の朝、園の墓で取り戻してくださったと語っています。私たちの人生という園に、このお方をお迎えしましょう。

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わたしに従いなさい

今週も祈祷会を大切に。
御言葉をシェアします。ヨハネによる福音書15章と21章から。

21:15 「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか。」
21:17 「わたしの羊を飼いなさい。」
21:19 「わたしに従いなさい。」

15:16 あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。

今日は春の音楽礼拝の恵みをわかちあった後、あかしびとの記事を2つほどシェアし、最後に、開校70周年記念のロゴス神学院セミナーで取り組まれるメッセージ、「わたしに従いなさい」から学びました。

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罪状書きの裏側



昨日の春の音楽礼拝には100名を越える方が集われました。
新聞折り込みチラシやインターネットを御覧になって、足を運んでくださった方も多くありました。
三宅さんご夫妻は、数年前から全国の小さな教会を巡り、コンサートを開いてくださっています。
土曜日に志摩の教会でコンサートをしていただいた続きに、名古屋にも来ていただきました。
ご主人のチェンバロ制作秘話の後、奥様の演奏が始まりました。
前半は「フランス風序曲」から、後半は「マタイ受難曲」からの演奏でしたが、
「マタイ受難曲」の後、短く十字架のメッセージを語らせていただきました。

ある絵描きが、イエスが十字架で息を引き取られた瞬間の絵を書きました。
キャンバスの中心には、十字架に掲げられた罪状書きが置かれています。
絵描きは、展覧会に訪れた人に話しかけました。
「この絵にはある秘密が隠されています。おわかりになりますか?」
すると誰もが立ち止まり、その絵をしばらくじっと眺めてくれたそうです。
そして言いました。「わかりませんね。何が隠されているのですか。」
「では、教えましょう。
この罪状書きの裏側にもう一枚の罪状書きが隠されているのです。
それは私とあなたの罪状書きなのです。
でも、この方の名が私とあなたの罪状書きの上に打ちつけられたのです。
だから、もう私とあなたの罪とは赦されました。」
これこそ十字架の隠された秘密です。ご存知でしたか?
三浦綾子さんはこう言っています。
「それにつけても、私は十字架がありがたい。
イエスさまが十字架におかかりになったありがたさが身にしみる。
天下晴れて、神さまの前に祈ることのできる幸いがうれしくてならい」と。

礼拝が終わると、何人かの方が「マタイ受難曲と十字架のメッセージがつながって、その意味がよくわかった」と声をかけてくださいました。礼拝堂に響くチェンバロの音色を通して、十字架の真実に気がついた人たちです。

今週も大切なことを大切に。

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十字架がありがたい

春の音楽礼拝(クラッシック・コンサート)
チェンバロ制作秘話
ショートメッセージ「十字架がありがたい」
聖書 マタイによる福音書27の37

27:37 イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。

春の陽気に包まれ、昨日は志摩の教会で、今日は名古屋教会で幸いな音楽礼拝が持たれ、大入りでした。
名古屋でのプログラムは、バッハの「マタイ受難曲」を演奏していただきました。
簡単な解説と映像をプロジェクターで映しながら、演奏していただきましたが、心にしみました。
今週も礼拝の恵みに感謝。

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重い扉の奥に



チャールズ・コルソンは、ウォーターゲート事件で収監され、後に「獄中の使徒」と呼ばれた人物ですが、彼が2人のクリスチャンに監督権が委任された、ブラジルのサンパウロにある刑務所を訪問したときのことを次のように記しています。
そこはヒューメータと呼ばれ、彼らの計画はその刑務所をキリスト教の原理に基づいて運営していくことでした。ヒューメータを訪問したとき、服役者たちは微笑んで私を迎えてくれました。特に鍵の束を下げて門を開けてくれた元殺人犯が最も印象に残っています。
行く場所ごとに私は平安に包まれている人々に出会い、住居環境は清潔で、壁には詩編と箴言の御言葉が飾られていました。ヒューメータ刑務所は驚くほどの記録を持っています。ブラジルやアメリカの再犯率が75パーセントであるのに対して、ヒューメータの再犯率はわずか4パーセントに過ぎなかったということです。このようなことが可能なのでしょうか。
過去には拷問室として使っていた牢獄を見たとき、私はその答えを見つけました。案内人は、今、そこには一人の囚人が収容されていると言いました。長いコンクリートの廊下の終わりにある部屋に着いて、彼は私に訊きました。「本当に入ってみたいですか。」「もちろんです。私は世界のあちこちの牢獄を見て回って来た者です」と答えました。
彼はずしりと重い牢の扉をゆっくりと開け、私はその牢獄に閉じこめられている囚人を見ました。その囚人とは、ヒューメータの服役者たちが美くし彫刻した十字架のキリストだったのです。
今日もその重い扉の奥に、絶望のとなりに、この方がおられます。「私の名前は希望です。」

明日は午後1時30分から志摩市にあるテベリヤ教会で、明後日は午前11時から名古屋教会で、チェンバロ奏者の三宅眞理子さんをお迎えしての春の音楽礼拝(クラッシック・コンサート)が持たれます。ぜひお出かけください。

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