語り続けよ。わたしがあなたと共にいる

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
使徒言行録16章ほか。

使徒言行録
18:9 ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。
18:10 わたしがあなたと共にいる。・・・この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」

テモテの手紙二
4:2 御言葉を宣べ伝えなさい。折りが良くても悪くても励みなさい。

詩編(口語訳)
126:5 涙をもって種まく人は、喜びの歌をもって刈り取る。
126:6 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくる。

秋期聖会のメッセージから。

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彼らのためにお願いします



昨日の礼拝で秋期聖会のメッセージをシェアしましたが、少しだけヨハネ福音書の17章から、「イエスの祈り」の続きを学びました。9節から、「彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。・・・」前回、6節から8節まで学びましたが、そこで語られていたことは、イエスの弟子たちに対する信頼と、彼らの将来に対する確信が言葉の端々に滲み出ているということでした。弟子たちは、この時点でまだ、イエスの御言葉を守ったわけでも、イエスの働きの全貌を理解したわけでも、イエスを神から遣わされた方と100%信じていたわけでもありませんでした。実際に、数時間後には、イエスを置き去りにしていなくなっていく弟子たちです。にも関わらず、イエスは、「彼らは御言葉を守りました。・・・彼は知っています。・・・彼らはそれを受け入れ、・・・本当に知り、・・・信じています」と言われたのです。
9節以下も同じです。イエスは弟子たちが、やがて自分を裏切っていなくなってしまうことを承知のうえで、「彼らのためにお願いします。・・・わたしに与えてくださった人々のためにお願いします」とくり返し嘆願し、11節で「聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください」と祈ってくださったのです。
「御名によって守ってください」とは、御名の中にお守りくださいという意味です。弟子たち一人一人のうちに与えられるイエスの御名、つまり神の現存の中で、彼らを守ってくださいと祈られたのです。これはなんという愛ではないでしょうか。本当に無知で、自分勝手なことばかりして、何の役にも立たない弟子たちを、イエスはとことんまで愛し、信頼されたのです。イエスは弟子たちの情けない、不甲斐ない姿の向こうに、もう一つの事実を見ていたのです。それが10節の後半、「わたしは彼らによって栄光を受けました」との言葉です。イエスは確かに見ていたのです。弟子たちの祈りと宣教によって、福音が全世界に広げられ、神の国の建設が力強く進められていくのを。私たちも同じです。私たちの今ある姿に関わりなく、イエスは今日も「彼らのためにお願いします」と父なる神に対して祈り続けていてくださるのです。

今週も大切なことを大切に。

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語り続けよ

礼拝メッセージ 「語り続けよ」
聖書 ヨハネによる福音書17章9-11節ほか
ヨハネによる福音書シリーズ(139)

17:9 彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。彼らはあなたのものだからです。
17:10 わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。わたしは彼らによって栄光を受けました。
17:11 わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。

使徒言行録
18:9 ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。
18:10 わたしがあなたと共にいる。・・・この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」

今日は秋期聖会の恵みをわかちあい、短くヨハネ福音書を学びました。
今週も礼拝の恵みに感謝。

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仕事



キング牧師が暗殺される半年ほど前に、フィラデルフィアで中学生に話しました。

もしあなたが道路を掃除する仕事に召されたのなら、
ミケランジェロが名画を描いたときのように、
ベートーベンが名曲を作曲したときのように、
シェークスピアがすばらしい詩を書いたときのように、
道路掃除をしなさい。
その仕事があまりにもすばらしいので、
天と地に住むすべての者たちが立ち止まってこう叫ぶようにしなさい。
「自分の仕事を忠実に成し遂げるすばらしい道路掃除夫がここにいる。」

今日も自分に与えられた仕事を誇りを持って、忠実に果たそう。

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「新しい歌」と「共に」

今週も祈祷会を大切に。御言葉をシェアします。
詩篇96編、イザヤ書66章、黙示録1章から。

96:1 新しい歌を主に向かって歌え。
全地よ、主に向かって歌え。
96:2 主に向かって歌い、御名をたたえよ。
日から日へ、御救いの良い知らせを告げよ。

66:21 わたしは彼らのうちからも祭司とレビ人を立てる、と主は言われる。

1:5 わたしたちを愛し、御自分の血によって罪から解放してくださった方に、
1:6 わたしたちを王として、御自身の父である神に仕える祭司としてくださった方に、栄光と力が世々限りなくありますように、アーメン。

今週は、京都で持たれた秋期聖会の全体の様子をお伝えし、ベースとなる合唱団の報告を2つの言葉を中心にシェアしました。2つの言葉とは「新しい歌」と「共に」です。

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恵老の日



敬老の日、おめでとうございます。

敬老の日は、1947年に兵庫県の小さな村で制定された「としよりの日」に由来しているとか。
お年寄りに対する尊敬の気持ちを大切にし、長寿を祝うことは聖書の教えでもあります。
敬うの代わりに恵みと書くと「恵老の日」になります。
老いを敬うのが敬老の日ですが、
生かされていることを感謝し、神の守りと祝福を覚えながら、
老いの恵みを祝うのが「恵老の日」であるという話しを聞き、うなずかされました。
高齢化社会と言われますが、敬老の日も、恵老の日も大切にしたいものです。

今週も大切なことを大切に。

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われ神に出会う

礼拝メッセージ 「われ神に出会う」
聖書 ヨハネによる福音書14の6-10ほか

14:6 イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。
14:7 あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」
14:8 フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、
14:9 イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。
14:10 わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。

1:18 いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。

42:2 涸れた谷に鹿が水を求めるように/神よ、わたしの魂はあなたを求める。
42:3 神に、命の神に、わたしの魂は渇く。いつ御前に出て/神の御顔を仰ぐことができるのか。
42:6 なぜうなだれるのか、わたしの魂よ/なぜ呻くのか。神を待ち望め。
わたしはなお、告白しよう/「御顔こそ、わたしの救い」と。

今週も礼拝の恵みに感謝。
京都聖会の恵みにも感謝。

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御名をあがめた人



「世から選び出してわたしに与えてくださった人々に、わたしは御名を現しました。」
御名を現すこと、これがイエスの仕事でした。聖書の中で、神の名は、神の本質、神の存在そのものをを示します。ですから、第一義的に、「御名を現しました」とは、目に見えない神の存在と栄光をだれの目にも見えるように映し出したということです。さらに、もう一つの意味は、イエスが実際に神の名を名乗って、神の現存とその力を現されたということです。
ヨハネほど御名をあがめた人はほかにいません。聖書の中で明らかにされている神の12の御名の内、8つはヨハネが記したものです。それは、ヨハネの心という畑に、イエスが蒔かれた神の種でした。
ヨハネ福音書1章1節、「言は神なり。」「初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。」「この言に命があった。」「言は神なり。」
ヨハネ福音書6章35節、「われは命のパンなり。」「主よ、私たちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。」イエスは言われた。「命を与えるのは霊である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である。」「見よ、わたしは天から降って来た命のパンである。」「われは命のパンなり。」
ヨハネ福音書8章12節、「われは世の光なり。」「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩まず、命の光を持つ。」光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい。」「われは世の光なり。」
ヨハネ福音書11章25節、「われは復活なり、命なり。」「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」「もし信じるなら、神の栄光を見る。」「われは復活なり、命なり。」
ヨハネ福音書14章6節、「われは道なり、真理なり、命なり。」「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。」「わたしは道であり、真理であり、命である。」「わたしを見た者は、父を見たのだ。」「わたしと父とは一つである。」「われは道なり、真理なり、命なり。」
ヨハネの手紙一4章16節、「神は愛なり。」「神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。」「わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。」「神は愛なり。」
ヨハネは黙示録においても、御名をあがめています。黙示録22章13節、「われは始めなり、終わりなり。」「神である主、今おられ、かつておられ、やがて来られる方、全能者がこう言われる。『わたしはアルファであり、オメガである。』」「われは始めなり、終わりなり。」
同じく黙示録22章16節、「われは輝ける明けの明星なり。」「事はすでに成就した。」「もはや、呪われるものは何一つない。・・・神の僕たちは神を礼拝し、御顔を仰ぎみる。彼らの額には、神の名が記されている。」「見よ、わたしはすぐに来る。わたしはダビデのひこばえ、その一族、輝く明けの明星である。」「われは輝ける明けの明星なり。」

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イスラエルのために

今週も祈祷会を大切に。
御言葉をシェアします。イザヤ書45章から。

45:4 わたしの僕ヤコブのために、
わたしの選んだイスラエルのために、
わたしはあなたの名を呼び、
称号を与えたがあなたは知らなかった。

明日から京都の秋期聖会、御言葉を待ち望みます。
今日は『リベカ抄』から、大槻筆子先生のメッセージを学びました。

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ほかの計画はない



ヨハネによる福音書17章、大祭司であるイエスの祈り、8節までが、イエス自身のための祈りで、9節から弟子たちのための祈りに移りますが、6節から8節までは、ちょうどつなぎのような部分です。イエスはここで弟子たちとの関係について語りながら、御自分がなさった仕事をひと言で要約し、続いて弟子たちのための祈りに入っていかれます。
弟子たちとの関係というのは、父の選びと彼らの将来に関することです。
この箇所全体にには(この章全体と言っても良いかも知れませんが)、弟子たちに対する信頼と、彼らの将来に対する確信がイエスの言葉の端々に滲み出ています。弟子たちは、この時点でまだ、イエスの御言葉を守ったわけでも、イエスの働きの全貌を理解したわけでも、イエスを神から遣わされた方と100%信じていたわけでもありません。実際には、この数時間後に、イエスを置き去りにしていなくなっていく弟子たちです。にも関わらず、イエスは、彼らの将来を予見しているかのように、「彼らは御言葉を守りました。・・・彼は知っています。・・・彼らはそれを受け入れ、・・・本当に知り、・・・信じています」と言われたのです。
イエスには神への揺るぎない信頼と共に、神が選び与えてくれた弟子たちへの信頼があったのです。この弟子たちへのイエスの信頼は、この後、弟子たちの宣教を通して、イエスを信じるようになるすべての者(私たち)に対する信頼でもあります。
S.D.ゴードンが書いた創作ですが、キリストが天にお帰りになったとき、大天使ガブリエルとの間で交わされた興味深い会話があります。ガブリエルがイエスに話しかけます。「主よ、あなたは下界の人間たちのために、ひどく苦しまれたことでしょうね。」「その通りだよ。」「それでは、人間たちはみんな、あなたが自分たちをどれほど愛され、自分たちのために何をなされたか、よくわかったことでしょうね。」「いや、そうじゃない。まだわかっていない。今は、ほんのわずかな人だけがわかっているのみだ。」「では、すべての人にそれを知らせるために、あなたはどうなさるのですか。」「私は、ペトロやヨハネやほかの人々に、私の証人となるように依頼した。彼らは、地の果てまで私を伝えてくれるだろう。」「しかし、主よ、彼らが疲れてきたらどうするのですか。もし21世紀の人々があなたのことをだれにも伝えなくなったら、どうするのですか。何かほかの計画を用紙しておられるのですか。」「いや、私にはほかの計画はない。もし彼らが失敗したら、ほかに方法はない。」
これはゴードンの創作ですが、この話しを初めて聞いた時、私の心は震えました。今の今まで神のために何もしないで立っていた私のような者も、イエスは神のぶどう園に招いておられるのです。のこり時間はわずかかも知れませんが、夢中になって働かせていただこうではありませんか。
「収穫は多いのに、働き手が少ない。」「朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために(神の栄光のために)働きなさい。」

今週も大切なことを大切に。

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