光となるのです

チェンバロコンサート
献堂40周年記念音楽礼拝「バッハからバッハへ」

ショートメッセージ 「光となるのです」
聖書 ヨハネの手紙一1の5
Koinonia ヨハネの手紙シリーズ(5)

わたしたちがイエスから既に聞いていて、あなたがたに伝える知らせとは、神は光であり、神には闇が全くないということです。

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見たこと聞いたこと

ペンテコステ礼拝
メッセージ 「見たこと聞いたこと」
聖書 ヨハネの手紙一1の1、ヨハネによる福音書20の31
Koinonia ヨハネの手紙シリーズ(4)

このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。---ヨハネ福音書20の30〜31

今日はペンテコステ(聖霊降臨日)です。今から二千年前、キリストの復活から50日目にあたるこの日、祈り待ち望んでいた弟子たちに約束の聖霊が与えられ、キリストの働きを継続するキリストの体なる教会が誕生しました。その日から、使徒言行録に記録されている教会のリバイバル・ストーリーが始まったのです。私たちの教会のモットーは「キリスト者はキリストのごとく、教会は使徒行伝のごとく」ですが、これを実現させてくださるのが聖霊なのです。聖霊をあがめます。

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接ぎ木されるなら

メッセージ 「接ぎ木されるなら」
聖書 ヨハネの手紙一1の1〜4
Koinonia ヨハネの手紙シリーズ(3)

わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。---ヨハネ一1の3

だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。---コリント二5の17口語訳

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私にできないこと

母の日カード
母の日の礼拝
メッセージ 「私にできないこと」
聖書 ヨハネの手紙一1の1〜4
Koinonia ヨハネの手紙シリーズ(2)

今日は母の日。「神はご自身が世界中のだれにでも、どこにでも存在するために母を造られた」(ユダヤの格言)。世界中のお母さんに神の祝福を祈ります。

主なる神さま、
あなたが与えてくださった家族の交わりに感謝します。
ことに今日、私たちは「母の日」を覚えて祈ります。
あなたはそのはかりしれないみ心によって、
私たちにいのちを与え、
母の胎内に私たちを形作ってくださいました。
私たちが小さく弱い存在であったときから、
あなたはこの母を通してあなたの恵みを示し、
私たちを守り、導き、養い育ててくださいました。

主なる神さま、
この母を与えてくださったあなたに感謝します。
これまでの人生の波風の中で、幸いな時にも、試みの時にも、
あなたの愛と恵み、忍耐と支えを、
私たちに証しし続けてきた母を祝福してください。
私たちの愛するこの母の上に、あなたの限りない恵みと慈しみが
いつまでもとどまりますように。
そして、これまであなたが母を導かれrたように、
これから先も、日々、あなたがこの母と共にいて、
あなたの御手によって支えてください。
そして、私たちもまた、この母の信仰を受け継ぎ、
あなたに従って生きる人生を歩ませてください。 ア−メン

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イエスの愛された弟子

メッセージ 「イエスの愛された弟子」
聖書 ヨハネの手紙一1の1〜4
Koinonia ヨハネの手紙シリーズ(1)

初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。―― この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。―― わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。わたしたちがこれらのことを書くのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるようになるためです。

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いまここから

メッセージ 「いまここから」
聖書 ルカによる福音書24の44〜53
ルカによる福音書シリーズ(75)

イエスは言われた。「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである。」そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる。わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」

ルカによる福音書のシリーズも今日が75回目、最終回を迎えた。ルカが描き続けたイエスの御顔はほんとうに美しい。ただこの福音書を学んだというだけではなく、その福音に生きる者となりたいと願っている。このシリーズを導いてくださった主と、毎週感動をもってメッセージを聞いてくださった信徒のみなさんに感謝したい。
礼拝後、教会の下にある公園でランチ。気持ちの良い春の風を感じた。

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心が燃えた!

メッセージ 「心が燃えた!」
聖書 ルカによる福音書24章38〜35節
ルカによる福音書シリーズ(74)

一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。

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あなたがたも生きる

ファミリー礼拝
メッセージ 「あなたがたも生きる」
聖書 ローマの信徒への手紙6の3〜11

しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。---ヨハネ福音書14の19

京都では金曜日から今日まで、春の聖会が開催されていました。「今でなければ、いつなのか」というテーマで幸いな聖会が導かれ、再び名古屋教会に任命を受けて帰ってきました。今年も「植えられたところで咲きなさい」との言葉を胸に、遣わされた場所で神の栄光を見させていただきたいです。

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わたしにも

Happy Easter
イースター礼拝
メッセージ 「わたしにも」
聖書 ルカによる福音書24の1〜12ほか
ルカによる福音書シリーズ(73)

そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。見ると、石が墓のわきに転がしてあり、中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。

イースター、おめでとうございます。今週から学校も始まりますが、今日は礼拝で進級進学、就職のお祝いと祝福の祈りをささげました。新生活に幸あれ。
礼拝後は、隣接する納骨堂で春の墓前礼拝(召天者記念礼拝)を持ちました。今日の写真は今年のイースターカードで、納骨堂の後ろに立つ桜の写真です。ちょうど見頃で、青空と桜を背景に恵まれたひと時となりました。桜の話はまた明日。

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もうひとつのピエタ

洗礼式
棕櫚の聖日の礼拝(洗礼式、聖餐式)
メッセージ 「もうひとつのピエタ」
聖書 ルカによる福音書23の44〜56
ルカによる福音書シリーズ(72)

既に昼の十二時ごろであった。全地は暗くなり、それが三時まで続いた。太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。イエスは大声で叫ばれた。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引き取られた。百人隊長はこの出来事を見て、「本当に、この人は正しい人だった」と言って、神を賛美した。見物に集まっていた群衆も皆、これらの出来事を見て、胸を打ちながら帰って行った。イエスを知っていたすべての人たちと、ガリラヤから従って来た婦人たちとは遠くに立って、これらのことを見ていた。
さて、ヨセフという議員がいたが、善良な正しい人で、同僚の決議や行動には同意しなかった。ユダヤ人の町アリマタヤの出身で、神の国を待ち望んでいたのである。この人がピラトのところに行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出て、遺体を十字架から降ろして亜麻布で包み、まだだれも葬られたことのない、岩に掘った墓の中に納めた。その日は準備の日であり、安息日が始まろうとしていた。イエスと一緒にガリラヤから来た婦人たちは、ヨセフの後について行き、墓と、イエスの遺体が納められている有様とを見届け、家に帰って、香料と香油を準備した。婦人たちは、安息日には掟に従って休んだ。

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